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2004/07/17

宮沢章夫「秋人の不在」(2004)


 
 人物表を作りながら読むのにふさわしい小説。
 2004年7月11日、利根川の河川敷に若い女の死体が流れ着く。上流にある北川辺町の渡良瀬川に身を投げたこの女の自殺が「秋人の不在」の始まりであり終わりである。冒頭からすぐに小説は時間をさかのぼり、あらためて死体の発見に向かってゆっくりと進んでいくからだ。

 利根川と渡良瀬川により三角形に区切られる北川辺町は埼玉県で唯一利根川の北に飛び出した土地で、茨城・栃木・群馬と県境を接し関東平野の真ん中に位置する→地図
 有力な土建会社の役員だった牟礼冬一郎が工事現場で変死を遂げた半年後、妻は亡夫の弟と再婚する。やがて河原に幽霊が現われるという噂が流れると、牟礼家の一人息子である秋人は町から消えた。一方、松田鶏介・杜李子の兄妹の父は、町会議員を務めつつ牟礼の土建会社とつながりをもつ。杜李子は秋人と付き合っていた。
 ふたつの家庭の関係はまったくシェイクスピア『ハムレット』からの引き写しで、ただし、中心になる主人公ハムレットにあたる人物だけがいない。いや、いるのだが、小説のなかでは姿が見えない(秋人の不在)。代わりに焦点が合わせられるのは彼の友達だった贄田継司で、秋人が失踪した2004年3月以降に町で連続する大小の事件を仲間と追ううちに、贄田は何ものかに戦いを挑んでいるような「不在の秋人」の影を見る。

 これは何よりも北川辺町という土地の物語だから、やはり「土地の物語」を書いたフォークナーの語り口が援用される。町がふたつの川で挟まれているように、『ハムレット』と『アブサロム、アブサロム!』で囲んだところに小説を設定した作為は、どちらの書名も作品の末尾に「参照」としてあげられている以上見落としようがないし、土建屋の息子が秋人なのも同じくフォークナーを支えにした日本人作家へのサインなんだろう。この「参照」とサインはしかし、先行する彼らとは違って土地の物語を外部から作ろうと試みる意志の表明にみえる。

 北川辺町の若者が憧れる都会は「トーキョー」で、外から来た人間はひどく軽く、また不気味に扱われる。町の住人なら一瞬しか登場しない者にまで名前が付けられ(数え洩らしがなければ36人もいる)、主要な人物ほど読みにくい名になっている一方、少数のよそ者は無名のままだ。
 アメリカ深南部でも紀州の路地でもなく、ノルウェーに怯えるデンマークでもない北関東の退屈な町、ファミレスとコンビニが点在するだけのからっぽな田舎で物語を紡ぐために『ハムレット』とフォークナーをもってくる。あるいは逆に、ニ作品を合成する舞台として、どこでもありうるような町が選ばれる。
 どちらにしろ、そんな人工的な作られ方をこの小説は隠さない。暴力と近親姦のテイストも忘れず入っているし、露骨な「枠」があるおかげなのか、登場人物たちはここぞというときに芝居がかった言葉を口にできる(日常会話はいまいち馴染まない方言で描かれる)。
 そんな作りものくささと、それとはいかにも不釣合いにうねうね屈折する文章が共存しているところが「秋人の不在」の読みどころである。「語りの濃密さ」さえパッチワークの一要素として採用されていることを自分は疑わないが、それはそれとして、濃い文章は登場人物をからめとる呪いのような血縁の愛憎劇を引き寄せる。ひっそり根付く隠れキリシタンの伝説まで掘り起こされて、関東全域の中心にある小さな町に歴史の陰を落とす。
 読後感は奇妙だ。どれも前に見たことのあるような手法の組み合わせでできたこの小説は、本物の「土地の物語」なのか、そのコピーなのか。だいたい、そんな区別があるのか。先人の方法がどんな場所でも応用可能なのを検証するためにこの作品は書かれたかのようだ。

 盛り込まれたプロットのいくつかは消化されない。主な出来事は2004年の2月から7月の間に配置され、それ以前の過去は「設定」としてあるが、それ以後の事件、死体発見の半年後に起きるという「凄惨な事件」も作中で何度となく暗示されながら、実際にはそこまで語られずに終わる。小説の時間はうまく閉じていない。そして、一見平凡な土地からも光の当て方によって相応の物語を浮かばせることができたのを考え合わせれば、「秋人の不在」は、時間も場所も閉じずに開いているということになる。2004年の北川辺町は、いつでも、どこにでもあるのだ。


それから映像作品を見に行った。
半年後に舞台公演があり、また、小説は『不在』として出版された。



不在不在
(2005/01)
宮沢 章夫

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