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その46 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 電子音楽の流れる〈ザ・スコープ〉の店内でエディパとメツガーに話しかけてきたのは、マイク・ファローピアンと名乗る青年だった。彼は、自分が入っている〈ピーター・ピングイッド協会〉なる組織についてまくしたてる。
 これはどんな集団なのか? ありそうなのは左翼グループか宗教団体だが、ファローピアンがまず語るのは、組織名になったピーター・ピングイッドという人物の物語である。

 およそ100年前の1863年、南北戦争に敗れた南部連合の軍艦ディスグラントルド号を指揮していたピーター・ピングイッドは、南部の独立を図って戦争に第二戦線を開くため、アメリカ東海岸からぐるっとケープ岬を回りサンフランシスコを攻撃するというむちゃくちゃな作戦行動に出る。
 1年後、南海岸にたどりついたディスグラントルド号を待っていたのは、ロシア皇帝ニコライ二世から派遣された極東艦隊だった。産業資本主義をめざすアメリカ北部と、奴隷廃止論のロシアが秘密裏に軍事同盟を結んでいたらしい。
 両軍の遭遇した1864年3月9日、正確に何が起こったのかは伝えられていない。どちらかから発砲があったかもしれないし、それならきっと応戦もあったにちがいない。アメリカ側では、翌朝になるとロシア艦は消えていたということになるし、ロシア軍の記録では、姿を消したのはピングイッドのディスグラントルド号だったということになる。

「どっちでもいいことですよ」とファローピアンは言う。都合よく過去を作ってピングイッドを英雄にするのは〈ピーター・ピングイッド協会〉の主旨ではないらしい。
 ではこの組織は何をする団体なのか――それは次回に譲るとして、この「細かい歴史はどうでもいい・曖昧なままそれとして受け入れる」という姿勢は面白い。
 たとえば、上の話に出てくるニコライ二世が皇帝になったのは1894年で、1863~4年当時にその位にあったのはアレクサンドル二世である。もっともらしく歴史を物語ったうえで、「歴史の記述は頼りにならない」とうそぶくファローピアン自身が間違えているのだから、これはほんとに頼りにならない。
(自分がこれに気付いたのは高校で世界史を選択していたから・・・ではなく、訳書の「解注」で志村正雄氏がちゃんと指摘してくれているからである。まったくありがたい)

…続き

*ディスグラントルド号とロシア極東艦隊の、どちらが先に攻撃を仕掛けたかわからないという点について注釈書で紹介されているのは、この部分が、アメリカがヴェトナムに軍事介入する口実にしたトンキン湾事件(1964)の胡散臭さを皮肉っているのではないかという意見である。そう言われたら、もうそうとしか見えない。
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