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その45 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次

It might have been an intuition that the letter would be newsless inside that made Oe look more closely at its outside, when it arrived. (p33)

《ムーチョの手紙がついたとき、エディパが手紙の外側をていねいに眺めたのは、内容に変わったことはあるまいという直観のせいだったろうか。》p54/p60

 ふつうの封筒と切手で、消印の横に政府の標語がスタンプされている。

「わいせつな郵便を受け取った場合は最寄りのPotsmasterに届け出ること」

 本来なら「郵便局長(Postmaster)」とあるべきところが、Potsmasterになっている。これでは「食器洗い係」だし、ことによると「マリファナの吸い方を教えてくれる人」になるという。
「なるほど政府も誤植をやるか」とはメツガーの感想で、実際、どうということのないミスのようだが、地の文は、直観でこれに気付いたからこそ、エディパの感度はますます強化されるようになった、という語り方をする。
 そのくせ、同じように重要であるらしい出来事(同じように重要であることにしたいらしい出来事)のあった時間については明言を避けている。
It may have been that same evening that they happened across The Scope, a bar out on the way to L.A., near the Yoyodyne plant.

《その同じ日の晩だったかもしれない。二人は偶然に〈ザ・スコープ〉――ロス・アンジェルスに向かう途中の、ヨーヨーダイン工場の近くにあるバー ――を見つけたのだ。》

 また「だったかもしれない(may)」だ。ときに今後の展開を大胆に予告し、それによって物事をそちらへ誘導するような地の文の語りは、いっぽうで、こんなふうにとぼけてみせる。
 手紙とバーと、どちらが先だったか忘れてしまったのはエディパである。彼女の記憶があやふやなだけだ。そこを地の文は「同じ日だったかもしれない」として、正解を教えずに進む。だから読者が受け取る情報もあやふやなままである。
 くだんのバーは、ヨーヨーダイン工場に勤める作業員の溜まり場になっていた。よそ者のエディパとメツガーは彼らの注視のなか店内を進む。
There was this je ne sais quoi about the Scope crowd: they all wore glasses and stared at you, silent. (p34)

《〈ザ・スコープ〉に集まったひとびとには何だか、いわく言いがたい雰囲気があるのだ。みんな眼鏡をかけていて、こちらを黙ってじっと見つめていた。》p55/p62

 この店で、二人はあらたな人物に出遭う。

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