2018/03/21

ポール・オースター『内面からの報告書』(2013)

内面からの報告書
柴田元幸訳、新潮社(2017)

 いくぶん潔癖症の気があるわたしは、これまであらゆるハンドクリームの類を「手がベトベトするのが気持悪いから」の一点張りで遠ざけ続けてきたのだったが、この冬の気候が去年までと何か違ったせいなのか、あるいはたんに加齢のせいなのか、1月の終わりには左右両方の手荒れが半端なく、詳述は避けるもののiPhoneの指紋認証がさっぱり利かなくなるなど生活に不都合をきたすまでになった。
 それで仕方なくドラッグストアで買い求めたクリームを平たい缶からひとすくい両手で手の平に伸ばし、手の甲に広げて指先にも塗り込んでいると、あれ、この感じ…とにわかにおかしな気分が生じ、神経を集中すること数秒、そうだ、こんな自分も幼稚園のころには毎日こうやってクリームを塗っていた……という記憶がよみがえり、あわせて当時のクリームが入っていた小さな容器の緑と黄緑でできた模様を思い出し、そばにあった居間のストーブの匂いが立ちのぼり、こたつには茶筒が載せられているのが見えて――と、頭と手の両方からいろんなものが忙しくあふれ出て、周囲の音が遠くなった。買ってきたクリームを前に、椅子に座ったいまの自分は、そこにいながらそこにいなかった。ベトついた両手で頭の中をかき回しているようだった。わたしはわざわざ声に出して「いったん落ち着こう」と言った。音が戻り、わたしも戻って来た。
 そんなことすっかり忘れていた。
 でも、クリームを塗るという動作と、手のベトつきという感触がきっかけになって思い出したんだから、頭の中にはあった。本当に忘れるというのは、頭の中からも消えて無くなることだろう。本当には消えておらず、忘れていなかった物事を指してわたしたちは「忘れていた」と言う。

(1)おぼえており、自分でもおぼえているとわかっているもの
(2)忘れたが、頭の中にはまだあるもの(じつはおぼえており、思い出せる)
(3)忘れて、完全に消えたもの(思い出せない)

 写真や録音録画そのほか、外部の記憶媒体は頼らずに自力で自分の過去を思い出す場合に限ると、「忘れていた!」と思い出さない限り、(2)は(3)と区別がつかない。でも、区別がつかない、という書き方にもウソがあるように思う。
 忘れている時点での(2)は(3)と似ているが、きっかけ次第で「思い出せる」以上、(3)とはぜんぜん違うものである。似ているのに違うと思うから区別を考えたくなるわけだが、でも、(1)だったものがやがて(2)になり、さらに、きっかけになるはずだったものによっても意識に浮上してこなくなったのが(3)である。(3)が(2)に戻る(忘れ去ったものが再び思い出される)ことはありえなくて、それはたんに、まだ(3)になっていなかった(2)だ。もはや自分ではどうやっても捉えられなくなって(2)は(3)になる。(3)になるというか、(3)は消える。
 (3)は(2)とどのように区別されるかされないかではなく、区別の俎上にあげることもできないのじゃないだろうか。(1)(2)(3)と並べたところから間違いで、頭の中には(1)と(2)しかない。もう無い(3)をまだある(1)(2)と比較するのは無理だ。
 だから本当に不思議な区別は(1)と(2)の間にあることになるような気がする。どうして、いったんは意識の吃水線より下に沈んだものを「思い出せる」のか。
 いや。いったん落ち着こう。そもそも、(1)を「おぼえており、自分でもおぼえているとわかっているもの」なんて書いたが、思い出さないことには「おぼえていた」ともわからないのだから、思い出す前から(1)と(2)を区別する、つまり「おぼえているとわかっているもの」と「おぼえているとわかっていない(忘れていると思っている)もの」を区別するのも、じつは無理だった気がしてきた。だが、(1)のつもりでいたものと、思い出してから(2)と判明するもののどちらも同じものである、とするのには強い抵抗をおぼえる。抵抗の方が実感に基づくウソなのか。そして、「忘れていたことを思い出す」のと、「“忘れていたこと”として、じつは起きていないことを思い出す(=記憶を捏造する)」の違いはどこにあるのか、ないのか。エトセトラ。
 こういうことについて書かれた脳科学や生理学の本は、自分でもついていけるものならもちろん面白いけれども、そういったものとはまた別の種類の言葉と文章で考える本も読みたいと、誤解をおそれながらわたしは思っている。というか、脳科学や生理学とはまた別の種類の言葉と文章で考えることの意味を考える本を、読みたいと思っている。

 ポール・オースターの『内面からの報告書』を読んだ。これはこないだ読んだ『冬の日誌』(2012)とセットになった回想録である。
《孤立した断片、つかのまの認識の閃きが、ランダムに、予期せず湧き上がってくる――大人の日々のいま・ここにある何かの匂い、何かに触った感触、光が何かに降り注ぐさまに刺激されて。少なくとも自分では思い出せるつもり、覚えている気でいるが、もしかしたら全然、思い出しているのではないのかもしれない。もしかしたら、いまやほとんど失われた遠い時間に自分が考えたと思うことをあとになって思い出したのを思い出しているだけかもしれない。》pp7-8

 最後の一文、《もしかしたら、いまやほとんど失われた遠い時間に自分が考えたと思うことをあとになって思い出したのを思い出しているだけかもしれない》。この疑いが、回想録にはぜったい必要だと思う。書く側だけでなく読む側も、握っておくべき杖みたいなもの。
 それはともかく、『冬の日誌』が自分の身体にまつわる思い出を綴っていった本だったのに対し、こちらでは自分のに焦点を当て、強く印象に残っている物事を回想する。それで内面からの報告。
 とはいえこの「身体/心」という分け方はそんなにはっきりしたものではない。記憶も回想も身体と連動した心の働きだろうから、『冬の日誌』のほうにも心の記述はたっぷりあった。“自分の心に衝撃を与えたけれども、そのとき身体はそんなに関係していなかったので『冬の日誌』には収められなかった思い出”を、あらためて記憶のなかから拾い集め、そのような作業についての考察も含めて文章にしたのがこの本、ということになる。
 徹頭徹尾パーソナルな書きものでありながら、自分のことを「君は」の二人称で書いていくのは『冬の日誌』から続いている。徹頭徹尾パーソナルな書きものだからこそ、外に開くためにそういうスタイルが選ばれたという事情もきっと共通しているだろう。
 全体は4つの章に分かれている。まずざっと並べると、いま上で書いたような、心が衝撃を受けた出来事を列挙する「内面からの報告書」(本の題と同じ)が1章め。2章めは「脳天に二発」といって、オースターに心底ショックを与えた2本の映画が細かく説明される。3章め「タイムカプセル」では、二十歳前後の数年間に書いて出した手紙がかなり珍しい経緯で返ってきたので、それを自分でセレクトして陳列する。4章めは「アルバム」と題され、文字通り、前の3章までに出てきた物事にまつわる写真やイラスト、記事などを集めた章になっている。以下、感想を順に書く。

 1章めの「内面からの報告書」は、十二歳までの思い出に限られる。発明王エジソンとの意外なつながり。野球。エドガー・アラン・ポーを九歳で読み、言葉の響きに魅了された(!)。それにまた、『冬の日誌』では幼いころにオシッコを漏らしたことについての記述があったが、こちらでは、少年オースターがサマーキャンプで寝て起きたらおねしょをしていたのに気付くという、想像するだに胃の縮こまる事件の顛末が語られたりもする。
 こういった回想の中核には「自分はよそ者である」という感覚があり、これは「自分はユダヤ人である」という深い認識ともつながっている――みたいな読みすじが「訳者あとがき」でさらりと触れられていた。なるほど、その目でもう一度読み直してみようかという気になる(柴田元幸の訳者あとがきはいつもそうなるのですごい。加えて、「それが正解ってわけじゃ全然ないからね」との念押しも行き届いている)。
 でもそのような、社会における自分のズレよりも、もっと個人的に、自分が自分からズレる・心が身体からはみ出る体験を詳細に描写している部分があって、これが面白かった。
《時おり、見たところ何の理由もなく、突然自分という存在の流れを見失うことがあった。それはあたかも、君の体の中に棲む人間が偽物に変わってしまったような、もっと厳密に言えば誰でもない存在に変わってしまったような感覚であり、自分というものが体から滴[したた]り出ていくのを感じながら君は呆然と解離状態で歩きまわり、いまが昨日なのか明日なのかもわからず、目の前の世界が現実なのか誰か他人の想像の産物なのかも定かでなかった。こうしたことが子供のころたびたび起きたので、君はこうした精神的遁走状態に名前を与えるまでに至っていた。放心[デイズ]だ、と君は胸の内で言ったものだった。僕は放心してるんだ[アイム・イン・ザ・デイズ]。そうした夢のような幕間はあくまで一時的なものであり、三、四分以上続くことはめったになかったが、自分がぽっかりくり抜かれたような奇妙な感覚はその後何時間も消えなかった。快い感情ではなかったが、さりとて怯えたり動転したりもしなかったし、君から見るかぎり特定可能な原因は何もなかった。たとえば疲労とか体を酷使したとかいったこともなく、発作の始まりや終わりにも何らパターンはなく、一人でいても他人と一緒でも起きるときには起きた。目を開けたまま眠りに落ちたかのような不気味な感覚だが、同時に全面的に目覚めていることも自覚していて、自分がどこにいるかも意識していたのに、なぜか君は全然そこにいなくて、自分の外を漂い、重さも実質もない亡霊になっていた。肉と骨で出来た誰も棲んでいない殻、人間ならざる人物。「放心」は子供時代を通してずっと続き、思春期に入ってからもしばらくは一、二か月に一度くらい――時にはもう少し頻繁に、時にはもう少し低い頻度で――訪れ、さらにはいまも、これほど年を取ったいまでも、四年か五年ごとにその感覚が戻ってきては、ほんの十五秒、二十秒程度持続する。自分が自分の意識から消えてしまうというこの性癖を、君は完全に卒業してはいないのだ。神秘的で、説明不能な、あのころの君の欠かせぬ一部分でありいまでも時おり一部分となる何か。あたかも別の次元に横滑りするかのように、時間と空間が新しく配列し直されたかのように、君はうつろな、無関心な目で自分の生を眺める。それとも君は、自分がいなくなったときに何が起きるかを学び、自分の死を予習しているのか。》pp40-1

 あるある。というか、あったあった。こういう意識のバグにわたしもけっこう見舞われた。心に受けた強い衝撃をおさらいするというコンセプトの回想録で、理不尽な叱責を受けた悲しみや、世間から不条理のパンチを喰らったいきさつだけでなく、この感覚のことも拾いあげるオースターは、変な言い方だが、とても頼もしい。
(もっとも、引用の最後でこの感覚を“死の予習”なんてものになぞらえてしまうのは強引すぎるというか、意味を与えすぎじゃないだろうか。でも、このような回想録を試みる動機が“年齢”だったのを考えると、そういうことも言いたくなるのかなとは思った)

 意識についてはもうひとつ、印象的な回想がある。
《六歳。ある土曜の朝、自分の部屋に立った君は、たったいま服も着て靴紐も結び終え(もう君は一人前、何でも自分でできる男の子だ)、さあ下に降りていって一日を始めるぞと張りきっていた。そして、早春の朝の光を浴びながら立っていると、幸福感に、何ものにも束縛されぬ恍惚感に君は浸され、次の瞬間胸の内で君は言っている、六歳であることほど素晴らしいことなんてない、どんな年齢より断然六歳の方がいいんだ、と。そう考えたということを、現在の君は、三秒前に考えたことと同じくらいはっきり覚えている。あの朝から五十九年経ったいまも、それは君の中で煌々と光を放っていて、くっきりした輪郭は少しもぼやけておらず、これまで貯えてきた数千、数百万、数千万の記憶のどれにも劣らず明るく光っている。いったい何が、これほどの圧倒的な思いをもたらしたのか? 答えは知る由もないが、おそらくは自意識の発生ということと関係があるのではないかと君は思っている。六歳前後に、子供の身に起きる、内なる声が目覚める瞬間。ある思いを思考し、その思いをいま自分は思考しているのだと自分に告げる能力の誕生。人生はその時点で新しい次元に入る。その瞬間を境に、人は己の物語を自らに向かって語る能力を獲得し、死ぬまで途切れなく続く物語を語り出すのだ。その朝まで、君はただいるだけだった。その朝、自分がいるということを君は知った。》pp15-6*下線は引用者

 さっきの、自分の意識が自分からズレて感じられるというのとはまた違い、いま2本引いた下線部の2本めのほうで思い出されているのは、自分がみずからを対象化できる段階に達した瞬間である。そのとき考えた内容(「どんな年齢より断然六歳の方がいいんだ」)をおぼえているだけでなく、そんな内容を自分が考えたということじたいをいまでもおぼえている、というのが1本めのほうの下線部だ。
 いつどこでどんなことを考えたかを、はっきりおぼえている――そういうことはよくある。無数といってもいいくらいある。ところで、それよりはずっと少ないかもしれないが、わたしが次に書くような、もう一段階まわりくどい形をした記憶もあると思う。こうだ:

・過去に何かを考えているときに、あわせて「いまの自分がこんなふうに考えたのを、何年か何十年か先の自分は『あのときあんなふうに考えたよな』と思い出すだろうな」と考えていたのを、いまでもおぼえている

 もうちょっとまとめるとこうなる:

・過去のあるときに「未来の自分はいまこのときのことをときどき思い出すだろうな」と考えていたのを、いまの自分がおぼえている

 このような記憶のあり方と思い出し方は、オースターが書いているような自意識の誕生と同じもの(側面のひとつ)なのだろうか。それとも、別の(次の?)段階なのだろうか。この微妙な疑問は微妙なままおぼえておきたいのでここにメモしておく。
(自分が自分からズレるとか、何かを考えている自分を自分が意識する、という話になると必ず思い出す漫画があって、それは榎本俊二の『ムーたち』だ。「唐突に“自分のことを外側から見ている自分”に気がつく」という複雑なはずの事態をおそろしく簡単な絵で描いてみせたこの漫画について、あとこの漫画から連想したことについて、わたしは10年も前にいろいろ書いていたのをおぼえている。しつこいわりに進歩がない)

『内面からの報告書』に戻り、2章め「脳天に二発」。
 オースターが最も衝撃を受けた映画とは、十歳のときに映画館で観た「縮みゆく人間」(1957)と、十四歳のときにテレビで観た「仮面の米国」(1932)の2本である。
 これ、この章を書くにあたって2本とも観直したのは間違いないだろうが、それにしたってこの人の、映画を文章で記述する技量に目を見張った。
 わたしはどちらも未見で、あんまり面白そうなのでそのうちぜひ観てみようという気になったけれども、近所のレンタル屋なり図書館のAVコーナーなりでそれらの実物を借りてきて再生したとして、しかしこの章で語られているほど面白い映画が始まりはしないだろうということもほとんど確信している。ストーリーだけでなく登場人物のふるまいや表情からうかがえる心の動きといった内面を報告する的確な文章の能力以前に、“映画にショックを受ける力”が思春期のオースターは卓越している。それがあってこその文章力なんだろう。
 映画でも本でも、自分が真に面白いと思った作品を、もしかしたら実物よりも面白く他人に語れるのは、当の作品にとっても当人にとってもいいことに違いない。

 そして3章め「タイムカプセル」。これがすごい。こんな章が書かれ、印刷されて広く公開されていることに目まいがする。
 もともとオースターの小説作品の熱心な読者でもないわたしが、それでもこの人を気にしているのは、記憶についていろいろ書いているから、ということのほかにもうひとつ、リディア・デイヴィスの元夫だからである。ゴシップ趣味と言われたら反論はできないかもしれない。
 前作『冬の日誌』を書きあげ、まさしくこの本に取りかかっている最中、そのリディア・デイヴィスから電話がかかってきた、とオースターは書く。作家であり翻訳家である彼女は、最近、自分の手元にあるさまざまな文書を後代の研究者のための資料として図書館に引き渡し、管理を任せることにした。で、その文書の中には若いころのオースターが恋人だった彼女に宛てて書いた手紙が、100通・500枚以上もあったという。書かれた言葉の“所有権”を持つあなたが公開を望まないものがあれば必要な手続きをするから目を通してほしいとリディア・デイヴィスは頼み、かくして、
《事務用の封筒が定期的に届くようになり、一度に二、三十枚手紙が入っていた。君がまだ十九歳だった一九六六年夏までさかのぼり、その後何年も、七〇年代後半に君たちの結婚が終わりを告げたあともまだ続いていた。というわけで、この本に取り組み、自分の少年時代の精神風景を探索するのと並行して、若者だった君自身の許を君は訪れ、ずっと昔に自分が書いた、ほとんど他人のもののように読める言葉を読みつづけた。》p154

 ということになって、ふつうありえない「40年以上前に自分が出した膨大な手紙の再読」という作業の結果、オースターは1966年から69年までの《初期の手紙が君には一番興味深い。》と判断し、以下、何通も何通も引用していくのである。その冷静さはいったい何なんだ。
《君には一番興味深い。》の「君」とは、上述の通り工夫された人称なのでオースターじしんのことだが、この瞬間は読んでいるこちらを指差されているようでどきりとした。コップ1杯のゴシップを求めてこっそりページをめくっていたら、向こうから洪水がやって来たみたいなもんである。それ、わたしなんかが読んじゃってよいのでしょうかとおそれながら押し流される。
《8月10日 君から手紙が届いて凄く嬉しかった――今朝8時半頃、階下の小さなカフェで朝のコーヒーを飲んでいたら宿の女将が、未だ目も開いていない僕の前に現れ、顎の下に手紙を突き付けて(顎の毛が逆立った)、音楽的とは言い難い声で「これを[ヴワラ]、ムッシュー。貴方宛です[プール・ヴ]」。本当に嬉しかった……》pp170-1

 もちろん、オースターはゴシップのつもりで書いてなどいない。「タイムカプセル」とは、パリとニューヨークのあいだで(またはニューヨークとロンドンのあいだで)取り交わされた、甘かったり苦かったりする恋愛模様のドキュメントではない。だいたい、リディア・デイヴィスからの返事がここにはないのだ。
 一方的な発信としてここに選ばれているのは、思春期後半から大人になりたての若者が書きつけた喜怒哀楽と焦りのないまぜになった生々しい声であり、一通一通のうしろにある当時の自分の状況や時代背景について、現時点のオースターは細かく説明するコメントを挟みながら、唯一残された《君の過去に直接通じる扉》として、《同じ一人の人物に、やがて君の最初の妻となる若い女性に宛てて書かれた数千数万の言葉》の一部を、読者のこちらと共同作業で点検のテーブルに載せるように紹介していくのである。
 ひとりで自省するより、だれか他人に、それもとくべつ親しい他人に向けて書いたもののほうが正直な告白になるという逆転があるのだろう、手紙の中のオースターは文学的な野心にあふれ、自分の創作プラン(長篇小説、詩の翻訳、シナリオ…)を語っては進捗具合を報告する。いくばくかの自信を示しながらその数倍の不安を打ち明ける。騒々しく冗談を連発した次の行で悩みを吐き出す。出会った人びと、遭遇した出来事。ベトナム戦争と徴兵について。社会を論じ、身のまわりの物事に憤る。自分たちの将来。そしてまた執筆を続ける。神経が弱って潰れかける。執筆を続ける。
『冬の日誌』には簡単な年譜として読める部分があった。その中の、こちらの時代に対応する記述と重ね合わせながら生の手紙とコメントを読んでいくと、青年オースターの姿がより立体的に浮かび上がるし、そうなればなるほど、見えないカウンターパートとしてのリディア・デイヴィスの存在も、見えないままでいっそう際立ってくる。
 だから、心理的にも距離的にも近づいたり離れたりを繰り返していたはずの関係を具体的にはほとんど書いていないこの「タイムカプセル」という章には、それでもやっぱり、甘かったり苦かったりする若い二人の姿がありありと焼き付けられていることになる。
《3月2日 君からの最新の手紙……もう一度君に言う、僕の事は心配しないで。僕は大丈夫だから、本当に。僕との関係において、君が自分を疑うには及ばない。現時点で解決しようが無いと判っている問題についてあれこれ思い悩むのはよそう。今はただ、君の生活が何から成り立っているにせよ、それを抱えて精一杯良く生きるよう努める事だ。人間は現在の中で生きる事によって最も永遠の感覚に近付けるのだと僕は思う……》p203

 手紙の引用が1969年8月のもので最後になるのは、おそらく次の月から二人はマンハッタンにあるキッチンのついた二部屋のアパートで同棲を始めるからで(『冬の日誌』による推測)、いっしょに暮らせば手紙を出す必要がなくなるという当然の事実の到来にもなんだか感じ入ってしまった。
 すべての手紙の先頭に律儀に記されていた日付よりずっと未来の世界において、本来の宛先だった自分が本来の書き手である元恋人・元夫に返送したばっかりに、私信であることを越えてあたらしく広い陽の目を浴びることになった過去の手紙のこんな“活用”法について、リディア・デイヴィスはどう思っているのか感想を聞いてみたい。
 オースターより十歳年長のトマス・ピンチョンは、若いころの自分が書いたものを見るなんて小切手のサインひとつでもまっぴらだと書いていたのを思い出すにつけ(『スロー・ラーナー』の序文)、作家というのは、書く作品だけでなく本人の性格もほんといろいろである。
 キャッチーな部分ばかり引用してしまったが、こういうことを書いていたオースターとは横から割り込んで握手できそうに思った。
《本当に上等の、深々とした笑いが望みなら、フラン・オブライエンの『スウィム・トゥー・バーズにて』を読み給え。自信を持って勧める。》p202

 最後にもうひとつ。1967年6月8日の日付がある手紙で、二十歳のオースターは十九歳のリディア・デイヴィスに、ペンギン社から出ている『フランス詩集』を、19世紀編と20世紀編の両方とも買うように勧めている。
《「[…] 20世紀編の方ではヴァレリー、ジャコブ、アポリネール、ルヴェルディ、エリュアール、ブルトン、アラゴン、ポンジュ、ミショー、デスノス、シャネール、ボンヌフォア。僕の意見ではフランス文学は小説よりも詩に貢献している――フロベールとプルーストは別だが」》p167

 この部分に、現在時点から次のような後日談が書き添えられている。事実を簡潔に記しているだけだが、ここには、やがて破局を迎えることになる二人がそんなことは知らずに二人でいた時代に胚胎し、それからの変化の中でも持ち続けられた意志によってなされ、二人の関係が終わったずっとあとに完成してからは二人の一生よりも長いあいた揺るぎなく残るに違いないそれぞれの仕事を、一人ながら二人ぶんとも誇らしく感じている気持がしっかり書き込まれていると思った。
大人になったリディアはフロベールの『ボヴァリー夫人』とプルーストの『スワン家の方へ』を翻訳するに至り、大人になったポールは二十世紀フランス詩アンソロジーを編纂するに至り、その中でリディアは翻訳者の一人として登場する。p167*太字は引用者

 あなたたちは、すごいよ。
 なお、これも「訳者あとがき」に書いてあることだけど、この手紙の時代(1966-69年)にオースターが取り組んでいて、何度となくリディア・デイヴィスにも進み具合を伝えていた散文作品の切れ端が、「MONKEY」vol.1 特集 青春のポール・オースター(2013)でいくつか訳出されている(「草稿と断片」)。それだけで読むと「こんなに思い詰めて書いていたら、そりゃ完成しないよな」と納得してしまう暗さと密度の連作群なのだが、「タイムカプセル」の手紙のうしろに置いてみると、たいへん場所を得た感じが生まれて、オースター像だけでなくそれらの作品も立体的になる。日本におけるオースターはとても恵まれていると思う。

 最後の4章め「アルバム」は、先述の通り(しかしわたし以外のだれがそれをおぼえているのか)これまでの1-3章で触れられた事物の写真だったり絵だったり新聞記事だったりが、短いコメントといっしょにまとめられている。好きだったアニメの画とか、野球選手の肖像、事件報道、映画のスチール写真(脳天に二発)などなど。
 個人的な写真類は1枚もなく、言ってみれば公的な資料がずらずら続くのだが、ひたすら個人的な回想と私信を読んできたあとでそれらを見ると、オースターの思い出が額縁になって、公的なものまで個人的なものに変わって映るのが面白かった。「思い出す」というのは、公さえも私にすることなのかもしれない。

『孤独の発明』(1982)『冬の日誌』(2012)、この『内面からの報告書』(2013)と、記憶と回想にまつわるポール・オースターの本を続けて読んできた。この人はほかにも同じようなコンセプトのものを書いているのだろうか。そして、似たようなことをやっている作家にはほかにどんな人がいるのだろうか。まずは積ん読本の中から探してみる。

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