2017/05/24

芳川泰久『漱石論 鏡あるいは夢の書法』(1994) 2/2

漱石論―鏡あるいは夢の書法


 前回書いたとおり、『漱石論 鏡あるいは夢の書法』(河出書房新社)の最後に入っている「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」の内容を、備忘としてメモ。
 ぜんぶで41ページあり、以下は決して正確な要約ではない。そんな器用なことができる人間じゃないんだ。


■ 『こゝろ』は、「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の三部からできており、第一部・第二部は一人称の「私」が語る手記で、その「私」が受け取った「先生」の遺書が第三部になっている、というふうに読まれているが、そこをもっと丁寧に考える。

 三部ひっくるめて小説のなかにある出来事を年表のように時系列で並べると、いちばん古い(年表の最初の項目)のは「先生」が両親を失ったエピソードで、いちばんあたらしい(年表の最後の項目)のは、「私」が危篤に近い実家の父を置いたまま汽車に飛び乗り、「先生」の遺書を読み始めるところ、ということになる。これが「出来事の時間」。
 対して、「私」の語りが行なわれている〈いま・ここ〉を語りの現在とする「語りの時間」という時間もあって、この「語りの時間」と「出来事の時間」は別の流れ方をする異なった種類の時間なのだけど、語っている「私」は語られる出来事のなかにも登場するから、二種の時間は完全に分断されているようには読めず、地続きになっている。

 ちょっとややこしい書き方だが、ここから考えられることはそれほど難しくない。
 つまり、『こゝろ』で語られる出来事がすべて終わったあと(「私」が遺書を読み始めたあと)から、「私」がこの『こゝろ』を語り始めるまでのあいだには、空白の期間がある、ということ。それはそうですね。
《『こゝろ』という小説は、私が先生と共有した時間を語り、さらには私が共有する以前の先生固有の時間を語れば語るほど、逆に、先生の死後の、私が語ろうとはしない時間、つまり「語り」の現在に直接つながる時間が際立つように仕組まれた小説なのだ。》pp332-3

 とはいえ、その空白のあいだに起きたかもしれない出来事――たとえば、「私」と「先生」の奥さんが結婚するとか――を想像することに意味があるのではなくて、このように『こゝろ』は空白の時間を持っていること、そしてこの『こゝろ』という手記は、全体が「が語ったものであることが何より大事である、と強調されます。
(以下、「私」「先生」というカギカッコは煩わしいので外します)

■ 「語り」であるからには、私はかつて起こった出来事を、いっさい包み隠さず忠実・公平に報告しているわけではなく(そんなことは無理だ)、そこには修正や圧縮、隠蔽がぜったいにある。
 すこし言い換えて、過去にあった物事・起きた出来事そのものを示すのを現前、それらを加工して示す(語る)のを再現とすると、小説はぜんぶがぜんぶ語られるものなので、『こゝろ』のなかで現前に見えるものも、すべて私による再現である。

 これもまあ当たり前だけど、この原則を厳格に適用すると、『こゝろ』はなかなか当たり前ではない姿をこちらに見せてくる。

 まず、第三部をなす先生の遺書も、話者である私のフィルターのもとに再現されたものである。
 いやいや、あれは私に届けられた遺書の「引用」なんだから、遺書そのもの(現前)では?と思うが、よく読めば、引用にだって語りの操作は施されている。
 遺書の冒頭だけが第二部の終わりに引用され、第三部はその続きとして、冒頭を省略記号で処理して引用がはじまるような構成があるとか、遺書には引用符がついているけど、そこに書かれた先生の言葉を私が心のなかで圧縮した内容にも同じ引用符がついているとか。
 一部分についてそういう話者の手が加わっているのが明らかなのだから、ぜんたいもそう考えるべきだろう。

 それにまた、第一部・第二部で、私や私以外の人物の口から出た発言も、発言の現前に見えるけど再現である。
 遺書も発言も、程度はさまざまながら、私の内面という膜を通して提示されている=語られている。あれも現前ではない、これも現前ではない。とうか、語りにおいて出来事は現前しないのだ。
 でもそのかわり、語るという私の行為のほうが現前する。『こゝろ』はそういう小説だということになる。
《他者の言葉を再現しつつ、そのなかに自己の言葉を現前させる存在。それが、『こゝろ』の話者であり、それゆえにそれは単に物語の語り手ではなく、強いて言えば、語ることが語られる「出来事」と別にあることを否応なく認識した、さらには語ることじたいがもはや透明な場ではなく固有の強度を有していることを知悉した、いわば近代の話者なのだ。》p341


■ 登場人物の発言もすべて再現であって、話者である私の編集が加えられている、という場合、発言内容が地の文に組み込まれている間接話法だったら、「それはそうだろう」と納得しやすい。
 でも、発言をカギカッコでくくり、そのまま示しているように思われる直接話法であっても、発言の現前に見えるけど再現で、話者じしんの言葉が混ざっていると考えないといけない。
 というのも、『こゝろ』の話法は――地の文と会話文につながりがあった江戸戯作のしっぽを残して――直接話法/間接話法ではっきりとは区別できず、けっこう揺らぐからだ。
 そして、この話法の揺らぎのほかにもうひとつ目をひくのが、カギカッコつきの発言のなかで起こる、呼称の揺らぎだという。

 縮めて言えば、先生が不在の折に私と奥さんが二人きりで言葉を交わしたある夜の会話の場面でもって、話法はとくべつグラグラ揺れるし、それと同時に奥さんは自分の夫のことを私に向かって「先生」と呼び始め、それまで奥さんのことを「奥さん」と呼んでいた私も、彼女を「あなた」と呼び始めるのである。
 しかも、その会話の場面のあと、話者の私は、この夜のことを当時はとくに重要とも思っていなかったが、「書く丈[だけ]の必要があるから書いたのだ。」とわざわざ付け足している。
『こゝろ』の全篇を通して、私があえて書く意志(語る意志)を表明するのはこの部分だけだから、これはいかにも意味深だ。
 じゃあ、いつ考えが変わって「やっぱりあの夜の会話は重要だった → 書かなくてはいけない」という「必要」が生じたのか。
 ここでふたたび際立ってくるのが、出来事が終わって語りが始まるまでの時間、あの空白の期間にほかならない。

 なお、その夜の場面でとりわけすごい奥さんの発話部分はこういうものだ。
《「そりゃ私から見れば分つてゐます。(先生はそう思ってゐないかも知れませんが)。先生は私を離れゝば不幸になる丈です。」》「上・十七」

 カッコ書きって! 発言の中でカッコ書きって!!
《可能性は二つ残る。「出来事」のレベルで、じっさい奥さんによって発話されたものを、話者が奥さんの発話からカッコによって奪い取ったか、あるいは奥さんによってまったく発話もされなかったものを、丸カッコの挿入とともに、逆に奥さんの「内面」として仮構したか。》pp356-7

 この二択は決定不能である。それはそうだ、ぜんぶが私の語りを通して示されてしまっているわけだから。
 なので、二択を二択のまま留めておくことから見えてくるのは、(1)出来事そのものと、(2)それを語ることの二重性ではなくて、(1)出来事を語ることと、(2)語る行為がはらむ揺らぎや偏りを引き受けつつ語ることの二重性だ、ということになる。出来事の再現と、語ることの現前という二重性。
《その拮抗する二重性こそが、呼称や話法の揺らぎを誘起しつつ、一見モノトーンに見える語り(文体)という神話を崩すのである。話者の私の筆=語りは揺らいでいる。そしてその揺らぎじたいが、どこにも書かれてはいない空白の「物語」の時間を可能にしているのである。》pp357-8


■ 遺書の最後で先生は、私に向かってすべてを腹の中にしまっておくよう頼んでいた。それなのに私は、禁を破ってこんな手記を書き始めた。そこにはどんな動機がはたらいているのだろう。
 私はどうして『こゝろ』を書いたのか、という問いは、先生はどうして遺書を書いたのか、という問いと重ね合わされる。
 K・お嬢さん・先生の三人からKが欠け(自殺)、先生・奥さん・私の三人から先生が欠けた(自殺)。どちらの場合も、三人から一人が欠ける。そして、そこに何かが足りないまま残される。それを埋めるために要請されるのが、言葉だという。
 Kの短い遺書には、先生に納得できる自殺の理由が書かれていなかった。
《先生は自らの自殺の動機を伝えるためというより、Kの自殺という欠如をめぐることで書くことへと誘われたのであり、そうして書かれたものが「遺書」という形式であったということなのだ。その意味で、私もまた「先生」の自殺という欠如によって、手記の執筆へと導かれたのであり、そうして話者となり得たのだ。》p362

 先生は、Kの自殺の理由という欠如を埋めるために自分の遺書を書いた。でも、それが自分の死ぬ理由と同じだ、という発見まで書き込んであるのだから、先生の遺書に自殺の理由は足りているように見える。だったら、私が埋めないといけない欠如とは何なのか。あの長い先生の遺書に書かれていなかったこととは。
 それは、奥さんに向けた言葉ではないか。
《つまり、先生はKの死の理由を自らの言葉で埋めた結果、奥さんをめぐる言葉についてはあらかじめそれを封じ、その言葉の欠如をめぐって私に言葉を組織するよう仕向けたのだ。》p365

《私はなぜ『こゝろ』と呼ばれることになる手記を書いて(語って)いるのか。それは、先生が奥さんをどういうつもりで一人残したか、その奪われた言葉と理由を探すためにほかならない。》p366

 あの夜の奥さんとの会話を「書く丈の必要」を発見した私は、つまり「その奪われた言葉と理由」を、部分的にでも見出したのだろう。だから『こゝろ』は書かれた。
 それがどんな言葉と理由なのかは書かれて(語られて)いない。しかし、あの空白の期間のどこかで、私はそれを見つけたのだ。
《だが、読者はここで話者の策略に気づかなければならない。というのは、話者が自らの発見を語らないことによって、今度はその話者によって奪われた言葉の空位に向き合うのは、そのことに気づいた読者にほかならないからだ。》p366

《言葉を欠如させておくことで、他者の言葉を誘い、それによって欠如を埋める主体が言葉=ロゴスの主体となること。『こゝろ』において寡黙に演じられているのは、まさにそのような事態だと理解する必要がある。》p367

《『こゝろ』の話者の「批評」性は、言葉の欠如を充填する言説として要請されながら、自らのうちにもまた空白という言葉の欠如を組織し得た点にあるのではないだろうか。》p368

 この「欠如によって書くことに誘われていく」成りゆきが、『こゝろ』の私だけでなく、漱石という作家についても言えるかもしれない――と続いて、この「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」は終わる。

『こゝろ』について論じながら、ここで芳川泰久は、自分がこの論考を書いている理由まで、書かないことによって書き込んでいるわけでしょう。いやあ、面白かった。
 面白かったけど、こうやってまとめるのに、じっさいに読んだときの5倍くらい時間がかかってしまった。それでもこのメモは、たいへん乱暴で杜撰な切り貼りの代物――引用だって実物そのものではない、と書いてあったな――です。
 もしちょっとでも興味をもたれたかたは、図書館で『漱石論 鏡あるいは夢の書法』を探してみることをおすすめします。

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