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2016/11/29

ウィリアム・フォークナー「野生の棕櫚」(1939)

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 8月に読んだ小説を11月末になってもぐずぐず引きずっているのでメモしておく。

「野生の棕櫚」というタイトルをもち「野生の棕櫚」という章題からスタートするこの小説――文学全集の1巻で、「八月の光」(加島祥造訳)、「アブサロム、アブサロム!」(篠田一士訳)という大作ふたつのあとに収録されている――の始まりかたは、いかにも小説の中に“突入する”具合で面白い。
《気がねしていると同時に断乎としたものでもあるノックの音がもう一度聞えてきたときには、医師は階段を降りかかっていて、懐中電燈の光線が彼よりもさきに茶色に薄汚れた階段の側面や、階下のこれも茶色に薄汚れた実矧[さねはぎ]の箱のような玄関に突き刺さっていった。》p647

《気がねしていると同時に断乎としたものでもあるノックの音》っていったい、どんなだ。でもいい、そういう書きかたで行く、という意志の表明であると感じる。しかもそれが《もう一度聞えてきたときには》なので、すでに1回響きわたったあとの、もう始まっていた世界に読者は(小説は)いきなり入っている。

 そこから語り起こされるのは、この医師の所有になる海浜の別荘をレンタルして最近引っ越してきた若い男女の話で、はた目にも結婚はしていないのが明らかだというふたりの謎めいた姿である。
 男は慇懃無礼なようで、急に卑屈にもなれば、破れかぶれな面も見せる。何で生計を立ててきたのかはっきりしない。その男が絶対服従している様子の女のほうは、体調が悪いわりにずっと怒っているようだ。どういう関係で、何がどうなって、いまここに至っているのか。なぜいま、真夜中に医者を呼びに来たのか。すると章が変わる。

 次の「オールド・マン」と題された章では、1927年、ミシシッピ州の刑務所、と特定された舞台で別の話が始まる。
 焦点が合わせられるのは20代半ばの囚人で、彼が収監されたのは十代の終わり、お粗末な列車強盗未遂のためだった。彼を含む囚人たちが、大雨のせいでミシシッピ河が堤防を越えてしまったある真夜中に呼び出され、わけもわからないままトラックの荷台に載せられて出発する。章が変わる。

 そうやって、「野生の棕櫚」という章と「オールド・マン」という章が交互に進むという、この小説のつくりがわかってくる。
「野生の棕櫚」では、さっきの若い男と女の来歴が描かれる。
 苦学して医師免許を取る直前のインターンだったハリーが、人妻であり芸術家肌のシャーロットと出遭い、接近していく成りゆき。それぞれが、医師としての将来も、夫や子供との生活も捨てて出奔することになる経緯。それからどういう場所をめぐり、どういう人びとと交わって、ふたりの関係はどのように変わっていったのか。

「オールド・マン」では、労役にかり出されたさっきの若い囚人が、夜が明け雨がやんでも水がぜんぜん引かないせいで高所に取り残されている者たちを助けるよう命令されてボートで出発し、すぐに転覆する。
 溺死したと刑務所側から判断されてしまった彼は、じっさいにはなんとかボートに這い上がり、はからずも単独行動をとって、木の上に避難中だった若い女を助ける。ふたりは自分たちのいるのがどのあたりなのか皆目わからないまま、ミシシッピ河を流されていく。囚人は、女を安全なところまで届け、自分は刑務所に戻るためにオールを握る。“オールド・マン”とはミシシッピ河の俗称なんだそうである。

 読みながら、わりと早い段階で確信されるのは、ふたつの話は最後まで交わらないだろうということで、なぜそう思うかというと、場所も時間もズレている、ということ以上に、ふたつの話に相当くっきりした対比があるためで、「であるからには、ストーリーまで絡んだりしないよな」と予想できるからだった。

 どちらの章でも男女のペアが流される。「野生の棕櫚」では、社会の本流から外れることをみずから選んだふたりが、それでも生活していくため徐々に低い層へ、下流へと、比喩的に流されていき、「オールド・マン」では、見ず知らずだったボートのふたりが、ミシシッピ河という人間の力をはるかに越えた大河に、文字通り、なすすべもなく流されていく。
 そして「野生の棕櫚」のふたりには、いくつかの堕胎の問題がついて回り、「オールド・マン」では、そんな状況下で、出産が発生する。

 別々に進む2本のストーリーの対比によって1つの小説を提示する、というこの方法が、発表当時(1939年)どれくらいあたらしいものとして受けとめられたのかは、よくわからない。
 いま読んでみて感じるのは、「古い小説としてあたらしい」というのと、「古い小説としてやっぱり古い」という入り混じった印象だった。

 さっき“くっきりした”と書いた対比は、“あからさま”の域に達しているし、それを言うなら「オールド・マン」のほう、人間も建物も土地も何もかもを押し流していくミシシッピ河は、わざわざ書くまでもないくらいに“運命”として流れている。
 そして何より、堕胎にせよ出産にせよ、女性の女性性をそういった点からのみ眺めるものの見かたは、控えめに言っても黄色の信号が点灯してしまうというか、端的に、いかにも古くて、むかしの小説だ。
 しかしじっさい、これは古くてむかしの小説(1939年)なわけだから、現代のものさしを当てたときに予想通り計測されるそのような古さを越えてなお、いまに届くものがあるかというと――これはもう、ある。ありあまるほどに、ある。

 最初はベタな象徴のように映ったミシシッピ河は、流れる様子、流されるもの、静かで圧倒的な破壊の力が丹念に描かれるうちに、ページの上を滔々と流れくだる具体的な濁流になり、その具体性のあまり、細かすぎるディテールと大きすぎるスケールのあまり、象徴のひと言では片付けられない、何かの観念にまで至る。
「野生の棕櫚」での、よく考えたら俗も俗すぎる不倫のメロドラマ、嫌っても憎んでも離れられない関係のねちっこさがこれもまた丹念に描き出されていくにつれ、語りの声は、登場人物の口と心内語を借りて、記憶と肉体の結びつきを論じはじめる。そんな思弁的な語りは、痴情のもつれともつれあって切り離しようがないままで続く。
 フォークナーの豪腕は、この作品でも、ひたすら書きたいように書く。そういう書きかたで行く。古いことは古いが、これは恐竜のような大きさの小説だと思った。気候が変わり植生が変わり、もしかしたら生息地はなくなったかもしれないが、恐竜が恐竜であることには変わりがない。

 ――と、ここまで書いてきたこととは別につながりはないけれども、とくに印象に残った部分を両方の章から引用する。
 まず「野生の棕櫚」から。もはや街では仕事を見つけられなくなったふたりは、ハリーが医者として働ける場所を求めて鉱山にまで行く。行ってみてわかったのは、すでに採掘会社が倒産しており給料も出ないこと、それなのに、労働者のうち英語が通じないポーランド移民とその家族の一団だけは残っていることだった。
《「あの連中にはろくに事情がのみこめないんだよ。そりゃ聞くことはできる。イタリア人はあの連中とも話ができたのだから。イタリア人の一人が通訳をつとめていたのだよ。ところが、あの連中は奇妙な民族ときている。だまされるなんてことがあるとは思ってもいないのだ。イタリア人が話して聞かせようとしたときにも、人間が賃金をはらう気もないのに働かせ続けたりする道理がないと思ったのだろう。だから今では連中は超過勤務までしているしまつだ。いっさいの作業をやってのけてもいる。本来あの連中はトロッコ押しでもなければ、坑夫でもなく、ハッパ係なのだ。ポーランド人にはダイナマイト好きなところがあるらしいんだよ。あの音響のせいかもしれないがね。だが、今では何もかも自分たちでやっている。女房たちまでここへ連れてこようとした。」》p775(太字は引用者)

 通じる言葉を持たない一群の人間たちが無言でえんえん働き続けている、という状況の描かれかたからは若干のコミカルな気配さえ浮かび、リアルであるのと同時に非リアルでもある魔術めいた領域に踏み入っている。

「オールド・マン」のほうからは、主人公である若い囚人の性格をいちばんよくあらわしているエピソード。
《二年前に刑務所から模範囚にしてやろうという申し出があったのだった。模範囚になればもう畑を鋤いたり家畜に飼料をやったりする必要はなく、弾丸をこめた銃を手にして囚人たちについて行きさえすればいいのだということだったが、彼はことわった。「わたしはすでに一度よけいなことに銃を使おうとした人間なのですから、鋤にかじりついていようと思います」と彼はにこりともしないで答えたのだった》p760(太字は引用者)

 これはなんだか、大江健三郎の小説に、似たような登場人物の似たような状況か、似たような台詞があったような気がする。

この「野生の棕櫚」も、『八月の光』や『アブサロム、アブサロム!』のように、もっとあたらしい訳でも読んでみたい。岩波文庫か光文社古典新訳文庫に期待。



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