2013/11/17

柴崎友香『よう知らんけど日記』(2013)

よう知らんけど日記
京阪神エルマガジン社

《ときどき、人から「柴崎さんが見ているテレビはほかの人が見てるのと違うものが映ってるのでは」と言われるくらい、世間の人と見る番組がずれてるっぽい。》p28

 小説家・柴崎友香のエッセイ集。もとはウェブの連載で、いまも続いているからちょっとご覧になればどんな感じかおわかりいただけると思う。

 こういうエッセイはウェブで1回分を読むだけならすぐだけど、本のかたちで、しかも250ページを越える分量がまとまっていると、その量から予想されるのをさらに上回る“読みで”がある。半分くらいは毎日少しずつ読み進め、それから残り半分を一気読みしてみたら「思いのほか、終わらない」感じがしばらく続くのでそれも面白かった。
 それで内容はというと、身辺雑記です。大阪弁で綴られる、東京での日常。気になったこと。たまに思い出、移動する大阪。そしてつねにテレビ。
 そう、この人は本当によくテレビを見ている。
 しかも見ている番組が「関口知宏の中国鉄道大紀行」の再放送だったりするので、何というか、筋金入りである。
 それではこれは、いくら『その街の今は』や『星のしるし』の作者が書いたものとはいっても、軽い気持で構えず気楽に読んでいける本なのかというと、たしかにそれはそうなのだが、というか書いているほうでもおそらくは軽い気持で構えず気楽な調子なのだろうが、突如、それこそ『ドリーマーズ』や『寝ても覚めても』へそのまま地続きになりそうなことを喋り出すので「わあ」と思わされることもたびたびある。
 その最適な例……なのかどうか自信はないけれども、未解決事件を扱ったNHKの番組の、グリコ・森永事件特集を見た際に「ついで」のように漏らされる感想が、2行で泣きそうになるほどおそろしかった。
《今回当時のニュース映像見たらお菓子が大量に廃棄されてて、今更ながらに大事件でどんだけ苦しめられた人がおったかと実感。気になるのは脅迫電話の子供の声。その子はたぶんわたしよりちょっと年下で今30歳くらいやと思うねんけど、その録音したことを覚えているんやろうか。》p59

 いや、これは「おそろしい」というのとも違った。想像をあと一歩進めると「おそろしい」になる感覚を、「おそろしい」になる直前の段階で、素手でつかんでいる。
 過去に属すると思っていたものをいきなりひっつかんでこちらに持ってきてみせる、このつかみ取りの感覚があってこそ、数かずの過激きわまりない小説作品――語りの知覚がへんに自由自在で、時間が延びたり縮んだり場所が大きくスキップしたりする(時間や場所を大胆に動かすことでもって、語りの知覚を自由自在にしている)――が生まれてくるんだろうと思わされるし、それにまた小説に絡めていえば、近所にできた食料品店を偵察に行き、冷凍食品が充実してるなあ、お、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」に出てきた“TVディナー”がある!という喜びを、ほかでもないあの柴崎友香が記しているのには、一読者として妙な感激があった。
(柴崎友香は、保坂和志・長嶋有の両氏から「ジャームッシュ以降の作家」と称賛されたのである)

 すでにして相当とりとめがないが、もっと、とりとめなく書く。

 この日記は始まったのが2011年の1月なので、すぐに3月になる。地震があってから1ヶ月くらいのあいだ、東京がどんなふうだったのかを、その時期たまたま実家にいたわたしはぜんぜん知らないままだったので、この日記に書かれている様子がとても興味深かった。
(柴崎友香もそれほど細かく具体的に記録してるわけではないのだけど、それだけに、生活の雰囲気みたいなものが雰囲気みたいなもののまま感じられる気がしたし、それにそういうものはたとえどれだけ細かく詳しく書いてあったとしても、実際にその場にいなかった人間には“わかる”はずがないのだとかえって思わされもした。わたしがいなかった東京。
 でも、柴崎友香は小説では「やりようによっては“わかる”のでは? 伝わるのでは?」という未踏の道をすすんでいる)

 さらにまた、このエッセイには「大阪弁だからこんなふうに書けるんだな」と感嘆させられるところも多々あり、「東北弁ではこうはいかない」と確信できる違いが何に由来するのか、書き言葉にするといっそう舌がもつれるように感じられてならない東北弁ってどういうことなの、としばらく考え込んだ(確信だけは深まった)。
 さらにさらにまた、
《実は、最新長編の『わたしがいなかった街で』を書くに当たっては、『AKIRA』がかなり影響してる。》pp146-7

「え!?」とおどろき、そういえば、と表紙のイラストを見返すことになるこんな言明のうしろにどんな感慨が横たわっているのか、『AKIRA』好きもこのエッセイ集を、『わたしがいなかった街で』ともども、ぜひ読まれたい。



わたしがいなかった街でわたしがいなかった街で
(2012/06/29)
柴崎 友香

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