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レニ/レェニ/レーニはKの膝の上で
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 前回のぶんから続く、カフカ『審判』感想の続き。

 小説の中盤、Kが訴訟を起こされていると知って田舎から叔父がやって来る。
 Kの職場である銀行に乗り込んできた叔父は、家名の恥だというのにお前はいったいどういうつもりなのか、そんなやる気のなさでは負けてしまうぞと悲憤慷慨し、Kを執務用の個室から引っぱり出して助力を求めるべく旧知の弁護士の自宅を訪ねる。
 夜更けに何の約束もなく押しかけられた弁護士は、折り悪く病気で床に伏せっていた。世話をするために雇われている女中も強引な来客に迷惑顔である。それでも叔父が無理やり話を進めて甥のKを引き合わせると、ベッドの弁護士のほうは弁護士のほうで裁判所界隈の注目を集めているKの件をすでに承知しており、え、もうそんなに知られてしまってるんですか、とはじめてうろたえるKだったが、ここでとつぜん、この薄暗い蠟燭に照らされた寝室で、灯りの届かない部屋の片隅にじつはもうひとり人間が座っているのだと部屋の主は客人ふたりに告げる。
 弁護士にうながされて嫌々会話に加わることになるその人物、裁判を深く知る立場にあり、うまくすれば力になってくれるかもしれないという期待を不作法な叔父にも抱かせるこの男が小説に入ってくるシーンは、何度読んでも魔法が起きているように見える。
《「いったいどこに?」とKはびっくりしたとたんに、ほとんど乱暴な調子でたずねた。
 おぼつかない様子で彼はあたりを見まわした。小さなろうそくの光は、むこう側の壁まではとてもとどかなかった。ところがそのかたすみに、ほんとうになにかが動きはじめたのだ。叔父がろうそくを高くかかげてみると、その光をうけて、小さな机のそばに中年の男がすわっているのが見えた。こんなに長いあいだ気づかれないでいたなんて、きっと今までぜんぜん息をしないでいたにちがいない。男のほうは、自分の存在に注意をむけられたことが不満だったらしく、まわりくどいしぐさをして立ちあがった。両手を短い翼のように動かして、紹介やあいさつはぜんぶおことわりしたい、といった様子であり、自分がここにいるせいで、他の人たちのじゃまになることだけは金輪際したくない、どうかまた暗やみにおいておいて、自分のいることなどは忘れてほしい、と頼んでいるようだった。しかし今はもう、そんなことを認めてやるわけにはいかなかった。
 「みんなびっくりしたところですよ」と弁護士はその場の説明をしてやったが、それと同時にはげますような合図を送り、こちらに出てくるようにうながした。男は、ためらいながらあたりを見まわし、ゆっくりと出てきたが、なにかその動作には一種の品位がそなわっていた。
 「事務局長さんが――ああ、そう、ごめんなさい、ご紹介しませんでしたな――こちらは友人のアルバート・K、こちらはその甥御さんの業務主任ヨーゼフ・K、そしてこちらは事務局長さん――で、事務局長さんがたいへんご親切なことに、ここにおいでくださっているんです。[…] 」》辻瑆訳(岩波文庫)pp156-7

 これよりも前、気乗りのしないKを従えて、病人への気遣いなど皆無のまま自分の都合だけを通そうとするがさつな叔父と、気力の萎えた弁護士と、その弁護士をかばう役割のためKの叔父と衝突して部屋を追い出される付き添いの女中、そんな人間たちの噛み合わない会話がぎくしゃくと続いていた数ページのあいだ、「そこにいる」ヒントはページの上にひとつもあらわれていなかったこの事務局長が、いま、ここで言葉によって書かれたことで唐突に、存在を始める。
 動きを描写され、さらにこのあと重い口から発される言葉が記されるにつれて、彼が徐々に肉体をまとっていくのと同時に、「書かれる前はそこにいなかった」こともさかのぼって印象づけられるこの事務局長の登場シーンは、落ち着いて考え直せばどの小説のどんな登場人物のどのような登場シーンも、本来はここと同じように、それまで存在しなかった何者かが、ただ文字だけを足がかりにして暗がりから灯りの届くページの上へと歩み出る、力動に満ちた瞬間であることをこちらに生々しく思い起こさせてやまない。
 書かれたものは実在を始める。だからいったん書かれたものは、どうあっても消えない。そのことも書いてある。
《どうかまた暗やみにおいておいて、自分のいることなどは忘れてほしい、と頼んでいるようだった。しかし今はもう、そんなことを認めてやるわけにはいかなかった。》

 今回メモしておきたかったのは、しかし、ここではなかった。事務局長があきらかに面倒くさそうに弁護士と叔父の会話に加わり、話題になっているのは自分の訴訟でありながらますます興味を失っていくKは、ドアのむこうで何かが割れたような音がしたのをチャンスとばかりに「見てきます」と寝室から出る。
 じつはそれは弁護士を看護している女中の仕業で、Kを最初に見たときから気になっていた彼女は、彼を呼び出すきっかけを作るために皿を壁にたたきつけたのだと言う。
 Kをこっそりと弁護士の書斎へ導き入れ、いまや望みどおりのふたりきりになった娘はレーニと名乗って、長持の上に座らせたKに謎の積極性でもってぐいぐい迫る。引き続き、辻瑆訳(岩波文庫)から引く。
《「この裁判所のことや、ここで必要な嘘のことなどを、ずいぶんよく知っているんだね」とKは言い、女があまり強く体を押しつけてくるので、ひざの上に抱きあげた。
 「これでいいわ」と女は言い、スカートのしわをのばし、ブラウスをちゃんとひっぱって、ひざの上で居ずまいをなおした。それから両手で彼の首につるさがり、体をのけぞらせて長いこと彼の顔を見つめた。
[…]どうもこの女はおれに対してわけのわからぬ欲求を抱いているようだ。まるで処を得た場所はここしかないとでもいわんばかりに、おれのひざの上にのってるじゃないか!》p163

 ここまではわかる。いや、レーニの猛攻の動機は見当もつかないが、ふたりがどういう格好になっているのかを把握するのは難しくない。それこそ書いてあるとおりで、Kの膝の上に(正確には、Kの腿の上に)レーニが横座りになり、彼の首のうしろに両手をまわしているのだろう。
 その姿勢のまま、レーニはKにいま恋人はいるのかと尋ね(Kは見栄をはってそれほど思い入れのない女の写真を見せるなどし)、それから彼女は自分の体の小さな畸形として、右手の中指と薬指の間にある水かき状の皮膜を見せる。ところで、以下、太字にしたところと下線を引いた部分をよく読んでほしい。
《「なんという自然のたわむれだ」とKは言い、その手全体をながめた上で、こうつけ加えた。「なんというかわいいけづめだ!」
 レーニは一種の誇りをもって、Kが目を見はりながら、幾度となくこの二本の指をひろげたり、しめたりしているさまをながめていた。最後に彼はその指にちょっとキスをして、はなした。
 「まあ!」とたちどころに女は叫んで、「あなたわたしにキスしたのね!」
 口をあけたまま、いそいで女はそのひざがしらでKのひざをよじのぼった。Kはほとんど狼狽して、その顔をあおぎ見ていたが、こうそばに寄られると、胡椒のような、からい刺激的なにおいが女から発散するのだった。女は彼の頭をかかえこみ、頭ごしにその身をかがめて、彼のくびを嚙んでキスし、髪のなかまで嚙んだ。
 「あなたはわたしと取りかえたんだわ!」と彼女はときどき叫んで、「ほらね、もうわたしと取りかえたんだわ」
 とそのとき、彼女のひざがしらがすべった。女は小さな叫び声をあげて、ほとんどじゅうたんの上にまで落っこちた。Kが支えようとして抱きかかえると、逆に女のところへひきずりおろされた。
 「もうわたしのものよ」と女は言った。》p166

 ここで展開されているのはいったいどのような動作で、ふたりはどういう格好になっているのか、という野暮の極みのようなことを考えたいというのが、今回のこの文章の本題である。
 Kは30歳の男、レーニは若い娘と書いてあった。レーニがKの腿に腰を下ろして彼の首に腕をまわしているのだから、成年のふたりは当然その時点でかなり密着している。だが、そこから「女はそのひざがしらでKのひざをよじのぼった」と進むのをあくまで字義どおりにおさえるなら、小さな女の子が父親の膝の上をのぼるように、まるでレーニが縮んでしまっているかのように映る。
 その印象をもって読み進めると、下線部では、それこそ幼児のサイズになったレーニがKの膝から落っこちそうになったのを、彼がすばやく手を伸ばしてつかまえようとしたかのように見えてくる。弁護士書斎のキャッチャー。いや何でもない。
 最終的にはふたりで絨毯の上を転げまわることになるのは誤解の余地のない(つまらない)事実なので、やはり問題はそこにいたるまでである。レーニが小さくなっているようだと書いたが、直後、Kはレーニの顔を「あおぎ見て」いるのだからまた変なことになっている。
 別の訳ではどうなっているか。Kが娘の指を見つめているところから、池内紀訳(白水社)を見てみる。
《Kがしきりにその指を伸ばしたり、曲げたりしているのを、レニが誇らかに見守っていた。最後にKはすばやくキスをして、手をはなした。
 「あら!」
 レニがすぐさま声を上げた。
 「わたしにキスをした!」
 身をよじり、口を開いたまま、膝がしらでKの膝に這い上がってきた。まぢかに迫ってきて、そのからだから胡椒のような強い匂いがした。レニはKの顔を両手に抱くと、上からかぶさるようにして首すじを嚙み、キスをした。さらにKの髪に嚙みついた。
 「わたしと取り換えた」
 なんども声を出した。
 「ほらね、わたしと取り換えた!」
 両股をひらき、小さな叫びとともに、あやうく絨毯に落ちかけた。あわててKが両手を差し出すと、強く引き寄せてきた。
 「あなたはもう、わたしのもの」
 と、彼女が言った。》pp139-40

 すでにKの膝に乗って、彼の首のうしろに両手をまわしていたレニだから、これ以上に彼女が詰めることのできる距離はせいぜい自分の腕の長さのぶんしか残っていないはずである。それなのに「膝がしらでKの膝に這い上がってきた」、続けて「まぢかに迫ってきて」とあるせいで、いっそう、小さくなったレニがKの腿をよじのぼっていく印象が強くなるように読める。
 だが、繰り返すがふたりは大人だし、はじめから相当くっついているはずなのだ。ないはずの距離があることになっている。あるいは、レニは小さくなってから大きくなっている。そして下線部最初の「両股をひらき、」は、ほかのどの訳にもないオリジナルな描写なので謎は深まる。
 本邦初訳だった本野亨一訳(角川文庫)ではどうなっていただろう。
《レェニの顔に優越感に似たものが溢れ、Kが驚歎の声を放ちながら二本の指を拡げたりすぼめたりしている有様を、眺めていたが、やがてKがその指に軽く唇を触れ、離すと、「まあ!」とすかさず叫び声を挙げ、「あたしに接吻なさったのね!」大きく口を開いたまま、せかせか膝を使ってKの太股の上へ、よじ上ってくる、茫然としてKは女を見上げる、身体がふれ合いそうになると、辛子のような一種のはげしい刺戟性の臭いを、彼女は発散させる、Kの頭を引きよせた、頭を越してかがみこみ、首筋に嚙みつき、接吻した、髪のなかにも顔をうずめて、嚙むのだ。「取りかえておしまいになったのね、」何度もそう叫び、「いいこと、取りかえておしまいになったのよ。」女の膝がすべっていく、小さな叫び声をあげると、あやうく絨毯の上まで落ちてしまいそうになる、Kはその身体を抱きとめようとして、女のほうへ引きずりおとされてしまった。「もうあなたはわたしのものよ。」そんな言葉が聞えた。》p130

 いや「せかせか」はいけないと思う。これだと池内訳よりさらに極端で、「せかせか」「よじ上ってくる」では、まるでレェニは滑り台を下からのぼるくらいの勢いでKの太腿をかけあがっているように見える。そのあとの「身体がふれ合いそうになると」と相まって、やはりそれまでは距離があったようになっており、そして下線部は、あたかもレェニが急な斜面を滑落していくアクションを演じているふうに映る。
 
 字義どおりに受け取ると、奇妙なことになる。だが、字義以外の文脈に沿って想像しながら読むというふつうの作業をすれば、「どう書いてあるか」はともかく、「何が起きているはずか」はわからなくはない。その話の前に、飯吉光夫訳(ちくま文庫)も引いておく。
《Kは賛嘆しながら二本の指をひろげたり、とじたりし、最後には軽い接吻までしてようやくはなしたが、レーニはそのあいだじゅう、ほこらしげに見まもっているだけだった。しかし、接吻をされるとすぐ、「まあ、接吻をなさったのね」というなり、口をあけたまま、Kの膝のうえをよじのぼりはじめた。Kはあっけにとられてレーニを見あげた。まぢかから胡椒のような刺激的な香りがただよってきた。レーニはKのうえにかがみこむと、その首筋を嚙み、接吻した。髪の毛までを嚙んだ。「わたしにとりかえたんだわ!」と、とぎれとぎれに叫んだ。「ねえ、わたしにとりかえたのね。」そのとたん、小さな叫び声とともに膝がすべって床におちそうになった。Kがとめようとすると、その手はかえって下方に引かれた。「もうわたしのものね!」とレーニが言った。》pp137-8

 ほかの訳と大差はない。「よじのぼる」ほどの余地はKの腿の上にもふたりのあいだにもないだろう、というのがここまで何度も書いてきたことだが、いまこの場面で起こっているのは、つまりこういうことだと思う。

 レーニは、Kの太腿に横座りしていた状態から、膝立ちに格好を変えた

 彼女がしたのはこれくらいの動作のはずだ。「よじのぼる」とか「這い上がる」といった言葉から、山道をのぼったりスロープを匍匐前進で進んだりする斜め移動を読み取ってしまったが、この状態にあるレーニにできるのは、膝立ちになる、というタテ移動をともなう姿勢の変更でしかない。
 はじめからそうとしか読めなかった、と言われるかもしれない。これほど書いてしまったあとでは、自分が最初はどんな動作を思い浮かべて読んでいたのか、わたしはとっくに見失っている。
辻訳:
《口をあけたまま、いそいで女はそのひざがしらでKのひざをよじのぼった。Kはほとんど狼狽して、その顔をあおぎ見ていたが、こうそばに寄られると、胡椒のような、からい刺激的なにおいが女から発散するのだった。女は彼の頭をかかえこみ、頭ごしにその身をかがめて、彼のくびを嚙んでキスし、髪のなかまで嚙んだ。》

池内訳:
《身をよじり、口を開いたまま、膝がしらでKの膝に這い上がってきた。まぢかに迫ってきて、そのからだから胡椒のような強い匂いがした。レニはKの顔を両手に抱くと、上からかぶさるようにして首すじを嚙み、キスをした。さらにKの髪に嚙みついた。》

本野訳:
《大きく口を開いたまま、せかせか膝を使ってKの太股の上へ、よじ上ってくる、茫然としてKは女を見上げる、身体がふれ合いそうになると、辛子のような一種のはげしい刺戟性の臭いを、彼女は発散させる、Kの頭を引きよせた、頭を越してかがみこみ、首筋に嚙みつき、接吻した、髪のなかにも顔をうずめて、嚙むのだ。》

飯吉訳:
《口をあけたまま、Kの膝のうえをよじのぼりはじめた。Kはあっけにとられてレーニを見あげた。まぢかから胡椒のような刺激的な香りがただよってきた。レーニはKのうえにかがみこむと、その首筋を嚙み、接吻した。髪の毛までを嚙んだ。》

 レーニ/レニ/レェニはKの腿の上で膝立ちになり、いちどKを見下ろしてから体を折るようにしてうなじに顔を押しつけ、嚙む。そのさいKは顔をレーニの胸のあたりにうずめているはずで、そこから彼は胡椒のような刺激性の体臭を嗅ぎとっている。
 それはともかく、いまふたりの距離はゼロだから、「こうそばに寄られると」や「まじかに迫ってきて」、「身体がふれ合いそうになると」といった書き方はやはり、ない距離をある(あった)ことにしてしまっているのではないかとわたしはしつこく思う。
 はじめから密着している(膝の上に乗っている)だろうにそのうえ「そばに寄る」「迫る」「ふれ合いそうになる」と重ねて書くのは、上半身の動きだけをクローズアップして、ごくわずかな移動を細かく描写していたのだろう。スカートを履いて成年男性の腿の上で膝立ちになりうなじを嚙んだ経験がわたしにはないが、きっとそうだと思う。
 それでは、この体勢からレーニがすべって落ちる後半の部分はどうなっていたか。
辻訳:
《「ほらね、もうわたしと取りかえたんだわ」
 とそのとき、彼女のひざがしらがすべった。女は小さな叫び声をあげて、ほとんどじゅうたんの上にまで落っこちた。Kが支えようとして抱きかかえると、逆に女のところへひきずりおろされた。
 「もうわたしのものよ」と女は言った。》

本野訳:
《「いいこと、取りかえておしまいになったのよ。」女の膝がすべっていく、小さな叫び声をあげると、あやうく絨毯の上まで落ちてしまいそうになる、Kはその身体を抱きとめようとして、女のほうへ引きずりおとされてしまった。「もうあなたはわたしのものよ。」そんな言葉が聞えた。》

飯吉訳:
《「ねえ、わたしにとりかえたのね。」そのとたん、小さな叫び声とともに膝がすべって床におちそうになった。Kがとめようとすると、その手はかえって下方に引かれた。「もうわたしのものね!」とレーニが言った。》

 この3種では、「どうやって落ちたのか」ははっきりしない。
 Kの腿の上で膝立ちになっている、その膝がすべって小さく悲鳴を上げながら落ちるらしいのだが、たんにバランスを失い床まで崩れ落ちるごく短い転落と、そこに反射的に手を伸ばしたK、その手をつかんでレーニは逆に彼を床まで引き落ろす、という一瞬のあいだに起きた一連の動作が、スローモーションなのに、省略して描きとられている。省略の隙間に具体性は落っこちているので、レーニがKの腿から床の絨毯までどんなふうな落ち方をしたのか正確にはわからない、と、そのようにわからなさを確認してからもう一度、池内紀訳(白水社)を見直してみる。
《「ほらね、わたしと取り換えた!」
 両股をひらき、小さな叫びとともに、あやうく絨毯に落ちかけた。あわててKが両手を差し出すと、強く引き寄せてきた。
 「あなたはもう、わたしのもの」
 と、彼女が言った。》

 あらためて下線を引いた、ほかのどの訳にも該当部分がない「両股をひらき、」というのは、“レニはKの腿の上で膝立ちになっている”という格好をまず押さえたうえで、次に彼女が“膝をすべらせ、落ちる”からにはどんなふうに体勢が変化しているはずかを考えて、

左右どちらかに倒れるのではなく、閉じていた膝が開いてKの腿に内股と尻を落とし、それからうしろに倒れる

 このような動作としてとらえ、そうなるように都合した訳文なのではないかと推察する。横座りから膝立ちに移り、それからこのようにひっくり返った場合、レニの長いスカートがどのように動いてしわを作り、よじれるのかは想像もつかない(ちょっと宮崎駿に作画してもらえないだろうか)。
 真うしろに倒れていくレニにつかまれたKの手は、そのまま前方に引っぱられ、中腰の状態からKはレニに覆いかぶさっていくことにおそらくなるというところまで、この訳文は、書かれていないふたりの姿を読者の頭のなかに描き、引っぱっていく。
 その始まりの「両股をひらき、」という付け足しを、かんたんに“意訳”と言い切ってしまっていいものかどうか、わたしには判断が難しい。“鋭い洞察”である可能性もなくはないのではないかと思うのだが、ドイツ語原文の読めない人間にそんなふうにおもんぱかられても、池内紀だって迷惑だろう。
 
 それでは、カフカがもともと書いたドイツ語で読む人がこの部分を読んだとき、Kとレーニがどんな順番でどんなふるまいをしたのかは、どのへんまで共通した理解になるのだろうか――としばらく考えてみて、その共通の程度を示すのがここまで並べた各種の翻訳だというところに、1周まわって戻ってきた。
 これらを「ばらばらである」と見るか「そこそこ共通している」と見るかは、読む人によって、あるいは同じ人が読んでも場合によって、ちがってくるだろう。

 そしてもうひとつ思うことがある。ここまで、姿や動作を描いた文章から、それによってあらわされる登場人物とその動きを想像し、ああでもないこうでもないと考えてきたけれども、小説を読むときにふだん、つねにそんなことをしているのかといえば、まずそんなことはないわけである。
 言葉は言葉でしかないのだから、そのうしろに(まるで実在の人物であるかのように)ひとりの人間を想定し、大きさがさっきより小さくなるのはつじつまが合わなくておかしいだとか、スジを通すにはどう受け取ったものかなどとあれこれ考える必要も、本当はないだろうという気持も半分くらいある。

 レニ/レェニ/レーニがKの膝の上で小さくなっても、体を寄せあっているふたりの距離が妙に広々としても、そのように読めるかぎりにおいてそのように書かれることは、ぜんぜん、かまわない。
 それがどれくらいかまわないかと言ったら、ある日とつぜん有罪だから逮捕すると書かれたり、猿だけど猛勉強して喋れるようになりましたと書かれたり、これがすばらしい処刑機械ですと書かれたりしてもいっこうにかまわない、というのと同じくらいにぜんぜんかまわない、と言うだけは言っておきたい。
“どれだけ読んでも読み返しても、具体的な像を結べない文章”を読まされることについて、「それでいっこうにかまわない」との心がまえができてはじめて読める小説を読めるようになりたいとわたしは思う。
 そのような小説は極度に読みにくいか極度に読みやすいかのどちらかに分かれるか、あるいはさらに、そのようなものではない小説のなかの一部分にそのような小説がひそんでいるかもしれず、カフカの小説はそういったものに反応する練習にもたぶんなる。
 そんなものはどうやって読んでいけばいいのか、自分でも書いていて不分明ながら、それはきっと人の腿の上を膝でよじのぼり這いあがるような読み方になるのではないだろうかと付け足すのは、まったくの今日の思いつきだった。



   □  □  □


『審判』にはもちろん英訳版(The Trial)も複数ある。amazonで探してみるとがんばった表紙も見つかるが、あたらしめで、かつKindle版のあるものを選んでみた。Kindleを持っていないのに、わざわざiPhoneにアプリを入れて買い、該当箇所を見つけたからという、ただそれだけの理由でいちおう最後に貼っておく。
 訳者はBreon Mitchellというアメリカ人、底本にしているのは1990年の“手稿版”(または“批判版”)で、もとは1998年に出た翻訳である。
Leni watched with a kind of pride as K. opened and closed her two fingers repeatedly in astonishment, until he finally kissed them lightly and released them. "Oh!" she cried out at once, "you've kissed me!" Hastily, with open mouth, she climbed up his lap on her knees; K. looked up at her in near dismay; now that she was so close to him an exciting, almost bitter odor, like pepper, rose from her; she pulled his head to her and bent over it, biting and kissing his neck, even biting his hair. "You've traded her for me," she cried from time to time, "you see, now you've traded her for me after all!" Then her knees slid from under her, and with a small cry she almost slipped to the carpet; K. put his arms around her to catch her and was drawn down with her. "Now you belong to me," she said. (p106)

 何か、びっくりするほどシンプルであるところに希望を感じる。


The Trial: A New Translation Based on the Restored TextThe Trial: A New Translation Based on the Restored Text
(2012/10/03)
Franz Kafka

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