2004/06/01

佐藤亜紀情報(04/06/01)

 いまさっきこういうものを見つけたので報告したい。ご存知の方には申し訳なかった。
《次は一九二〇年頃の内戦時代のウクライナで『ワイルドバンチ』をやります(笑)。
 飛行機は飛ぶし、機関銃はあるし、最高でしょ。》
 最高です。

 佐藤亜紀の『天使』(2002)と『雲雀』(2004)は、第一次大戦前後のヨーロッパを舞台に、特殊な「感覚」を有する間諜たちの攻防を描いている。
《感覚を体に繋ぎ止めておく最後の掛け金を掛けただけの状態で、ジェルジュはカラヴィチを見遣った。それも、いつでも外せるばかりになっていた。裏返しになる一歩手前まで解放した感覚をどこにも向けずにいるのは、剃刀の刃の上に片足で立つようなものだった。長い間試してもいなかったが、それが苦もなくできることを確かめるのは愉快だった。背後にあった硝子の水差しが甲高い音を立て、中の水に波紋が広がった。相手がたじろぐのが判った。ジェルジュは再び感覚を抑えた。
「僕には密偵なんかできません」》

 この者たちは、他人の頭を覗いたり手を触れずに攻撃したりできる力をもちながら、あくまで組織のなかで立ち回る。すみずみまで抑制された文章が、彼らのストイックな姿勢(駒であることを徹底的に自覚しているといおうか)と二重写しになってこちらに迫る。派手な言葉をたくさん重ねるのではなく、起きていることを的確に説明するだけの素っ気なさがひどくかっこいい。読んでいる間、架空の「感覚」が自分にも「わかる」と思う瞬間が何度もあった。印象的な場面を思い浮かべてから本を開くと、それが言葉だけでできているのに改めて驚いてしまう。

『天使』は長篇、『雲雀』はサブストーリーを収めた短篇集。こないだ『雲雀』を読み終えた自分は『天使』を再読し、そのうえでもう一度『雲雀』を読んだ。一瞬も退屈しなかった。この二冊を出した文藝春秋はえらいが、しかし、もう『天使』絶版ですか。(※)こんなに面白い本がなんで売れませんか。
《ジェルジュは目を開き、顎をこじるように銃口を突き付けようとするザヴァチルの手首を、ぎこちないが速い動作で掴んだ。指から伝わる干渉が感覚を揺り起こした。首筋が燃え上がり、頭蓋の底が唸りを上げた。一瞬、体を見失った。感覚が炎の舌のようにザヴァチルを舐め上げ、焼き尽くすに任せた。窓という窓が、割れるというより極小の破片になって崩れ落ちた。》


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