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松本英子『謎のあの店』(1)(2012)
謎のあの店 1 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)
朝日新聞出版

《勝手に変に高ぶりながらやって来たけど…  いいお店だった 》p11

《いまついに ここにいて  私自身がこの空間を構成している 》p26

 去年の11月、大阪で何年かぶりに会うことのできた友達が、「あなたこれ好きそうだと思って」とプレゼントしてくれた漫画。寡聞にしてそれまで知らなかったが、頂いて帰って読んだら、たしかにジャスト好きなものだった。本当にありがたい。持つべきものは面白い漫画である。

 そこに「ある」のはずっと前から知っていたのに、入ったことのないあの店。前を通るたび気にしながら、入りそびれていたこの店。そこに実際に入ってみる、ルポ漫画。そんな訪問の記録が、この1冊に20本収められている。
 この時点でおののく。なんだその勇気。そしてその数。必要とされた踏ん切りの回数にめまいがする。
 だって、作者が行くのは「雑誌で紹介されているのを見てからずっと憧れていたのにタイミングを逃し続けていた素敵なあの店」ではまずないのである。

「赤サビって久しぶりに見たよ」と評されるパーマ屋に入って施術を頼むとか(「本来 女が美容室に行く動機と逆ベクトルの行為」)、外観から果てしなく怪しげな占い屋で仕事運を占ってもらうとか(「どうしよう… まだあった…」とねじれた感想が店の前で漏らされる)、十代のころから二十余年にわたり前を通っていた旅館に泊まるとか(つまり宿泊する用事は一切ないところに、ただ一泊するためにだけ一泊する)、ハラハラドキドキの「小料理屋」デビューとか、いちいちみんなそういう類の店に、作者は緊張と期待と各種の予感で頭をいっぱいにして果敢な突撃を繰り返す。こちらまで手に汗にぎる。

 結果はさまざまで、予想はいいほうに裏切られることもあれば、悪いほうに裏切られることもある。悪いほうはとことん悪く、しかしいいほうはそれ以上にとことんよい。
 どちらの場合も、作者は極めて詳細に店のありようを観察して描写する。店が立地する町の一角の雑然とした具合、店内のテーブル・床・天井(!)・棚に詰め込まれた小物類のディテール・壁の貼紙・飲食店であれば出される料理、どの対象も手に取るようによくわかる。
 絵のうまさにもいろいろあると思うが、題材からして「狭いところがごちゃごちゃしている」のを、ごちゃごちゃしたまま見やすく描けるこの人の絵のうまさは、見れば見るほど好きになるうまさだと思った。何物も見逃さない、そして見たものは伝えてやるという意志がどのコマにもあふれているようだ。
(そういった力の入った店内だけでなく、わたしはこの人の、建物の外壁を覆う蔦や生け垣、または稲荷神社の高い木立といった、町の中の草木をささっと大づかみに捉える描き方も好きになった)
 店の様子を伝えるうえで、落ちていたレシートの品目と値段までも注視する作者の観察眼は、店と切り離せない店主の人柄はもちろんのこと、ときにはほかの客の表情まで巧みに描き出す。鷹匠が経営する、猛禽類の飼い主が集う喫茶店(そういう店があるのである)で、鷹の訓練をするため公園へ移動する飼い主のみなさんについて行って「歩くの速い!!」とおどろいてみせる部分など、つくづく感じ入った。
 そのようにしてページの上に再現された「あの店」に、「ついに」入っている自分がはめ込まれてこの作品はできている。自分の気持ちの盛り上がりも冷静に記述し、店を素直に楽しむだけでなく、その場を楽しんでいる自分自身を楽しんでいる状態として、「満喫」という言葉が引き出されてくる。
 でもそのことは、作者の楽しみがバーチャルなものに後退したり、「昭和的」なるものの消費になってしまうことを意味しない。店をじかに楽しみ、楽しむ自分をじかに楽しむ、作者にとって楽しみはつねに直接的なもので、その楽しさを作者は絵に描いてこちらにもじかに手渡そうとする。この漫画の絵はそういう動機で描かれている、たぶん。
 写真よりも映像よりも、いったん作者の目と手を通し、絵として再現されたほうが直接的な表現になることも(この漫画のように)ありえるのだなあとあらためて思った。

 おすすめの最後に、とりわけ気に入った話をふたつ:
 ひとつめは第14話「あのラーメン屋」。上野の芸大の近くで見つけたラーメン屋、そこに高校時代の作者は「まだ入らない」とみずから呪いをかけた。若い心の課した縛りが、その後の生活のなかでいつしか解錠されて、いよいよ25年越しで扉を開けるにいたる様子、そして「チャウシュウ麺」をすする姿は、読んでるこっちも作者の半生を共に追ったかのような、時間の折り畳まれた感動を生む。そして同時に「なにやってんだ」と声をかけたくもなる。

 そしてふたつめ、何よりすばらしかったのが第5話「あのレストラン」で、そこ
で作者は、やはり子供時代から長年気になっていたレストランに――と、いま200文字くらい説明を書いたのだけど削除する。これはぜひ実物を、作者の絵と書き文字をご覧いただきたい。
 いちどだけ輝いて作者の手をすり抜けていったレストランの思い出が、ここにきっちり定着されている。この第5話の8ページをめくれば、作者のその思い出に読者も、何度でも、触れられる。これはじつに不思議で幸せなことだと思う。わたしも満喫しました。
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