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その124 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

How wonderful they might be to share. For fifteen minutes more she tried; repeating, if you are there, whatever you are, show yourself to me, I need you, show yourself. But nothing happened. (p86)

《幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら。さらに十五分間エディパはやってみた。繰り返し、繰り返し、あなたがそこにいるんなら、あなたがだれにせよ、私に姿を見せて、あなたが必要なのよ。姿を見せて、と。しかし何も起こらなかった。》p132/p149

 トライステロに関係のありそうな謎を追いかけて、という理由は当然あるものの、エディパがネファスティスの住居を訪ねたのには、自分にも幻覚(=別の現実)を分け与えてほしいという気持もあっただろう。
 このふたつの動機は別々のふたつなのか――とまで書いたら先走りすぎだが、ネファスティスの登場よりずっと前、小説の始まり近くにも、大きな幻覚を与えてくれそうな人間はいた。

その4」「その5」で精神科医ヒレリアスがほのめかす薬物への誘いに対し、本当に拒絶するならエディパは関係を断ってしまえばよかった。幻覚をはっきり拒みながら、それができないでいるのは、やはり、自分ひとりのサイズを越えた幻覚へのあこがれがあったからではなかったか。
 その前、夫のムーチョは、彼じしんが幻覚の中でおおっぴらに格闘中であるために、エディパのほうは醒めていなければならなかった→その3。そんな彼との関係を含めた生活の全体が彼女の中に、いまの現実への不満、この現実ではない別のどこかへ移る願望を生んでいた。
 では、さらにさかのぼったとき、ピアス・インヴェラリティは彼女にとってどのような存在だったのかを思わずにはいられない。不在のピアスの存在感がいまのエディパを、ひいては小説を動かしているのだから。

 まともな男はいないのか、と近くを見ると、メツガーは現実的な弁護士で、何にせよ怪しい信仰もなさそうだし、エディパののめり込みにブレーキをかけてくれてもいる→その81。ただしたいへんに軽薄そうな彼が、ピアスの遺言の共同執行人という立場を越えて(そして一時的な浮気相手という関係も越えて)これからも彼女を支えてくれるかはまったく確かではない。

『急使の悲劇』の演出家、ドリブレットは醒めていた。彼は、目の前の現実を幻想で覆い尽くして別の現実を作ろうなどとは考えていない。そうではなくて、自分の頭の中にある現実を、外部に投射しようとしていただけだ→その85
 だが、「そうではなくて」「だけ」と書いたものの、そこまで行くと「醒めている」の意味までズレてくる。自分の現実をおもてに出すのが第一義で、それを他人に共有させようとは考えていなかった、いわば節度あるドリブレットが、ひどく孤独を感じさせる描かれ方をされていた→その87のも忘れがたい。まともな男は、いないのか。

 ネファスティスのアパートの〈ネファスティス・マシン〉の前に戻ると、どうしても悪魔と交信できないエディパは泣き出さんばかりになって発明家を呼ぶ。私は "the sensitive" じゃないんだわ、と。
 ここまでの反応のぜんたいが「感じやすい人」「思いの強すぎる人」であるエディパに対し、ネファスティスの返答は「性交をしよう」だった。
 悲鳴を上げてエディパは部屋を逃げ出し、ネファスティスと、〈マックスウェルの悪魔〉と、〈ネファスティス・マシン〉をめぐる話は終わりになる。これまでの苦労は何だったのか。

 エントロピーについての知識を持たないエディパは、知識を持ったネファスティスの前で圧倒的に劣勢だった。これもまた、第2章の終わりのほうで、映画の筋を知らないエディパが、知っている(その映画に出演していた)メツガーと賭けをして、いいようにあしらわれてしまった構図→その36と同じである。
「知らない」エディパは、「知っている」何者かをおそれながら、しかし、誘蛾灯に惹かれるようにそちらへ向かわずにはいられなかった。
 それでわかったのは、いまのところ、まともな男はいそうにないということだけである。

…続き



*なお、2010年11月の「よくわからないけどおどろいた」ニュースは、中央大学+東京大学で“情報をエネルギーへ変換することに成功”というものだった。
[…] これまで理論上の存在であった「マックスウェルの悪魔」を、世界で初めて実験により実現しました。これにより、観察から得た「情報」を用いて「エネルギー」を取り出すこと、すなわち「情報をエネルギーへ変換できること」を実証しました。

 こんなことが中央大学の「新着ニュース」に書かれていたが、もうリンクが切れている。別のニュースサイトをあらためて探すとこんな話のようだった。
 ほかにここなど眺めてみても、即座に「永久機関が」という話ではないけれども、解説書が出たら読んでみたい。ピンチョンはこのニュースを知っているだろうか。知っているだろうな。
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