趣味は引用
その123 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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 ・真の霊能者(the sensitive)とは、人間の幻覚を共有できる者のこと
 ・幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら

 本当に感度が強ければ、共感能力が高ければ、他人がその中にすっぽり包まれてしまっている幻覚に、同じように包まれることができる。独りではなく、2人以上で内側に入り込んでいっしょに外を見られるようになれば、幻覚はもはや幻覚ではない現実となるだろう。そして、それはすばらしいことである。
 動かないピストンに押し出され噴出した、エディパの心理はこのようなものだ。何よりここでは「そのすばらしいことが、できない私」という否定的な感情の側から、幻覚の共有がいっそう強く願われている。欲しいのは、手に入らないからなのだ。

 いっぽうで、これまでエディパの感度強化(sensitized)は、あらゆる些細な兆候から意味を見出す傾向として発現していた。いや、あらゆる些細な事物を、裏に意味を隠した兆候としてとらえることじたいが感度強化なのだった→その93
 このことは、たびたび思い込みに衝き動かされる彼女のふるまいを地の文が高見から読者に伝えるだけでなく、ほかならぬエディパ当人にも、なかば自覚されていた。

〈ネファスティス・マシン〉の原理を、発明者ネファスティスじしんはもちろん完全に信じ切っている。このエディパという女にも自分の発見した真理を教えてあげようというつもりで話しているはずで、ウソを吹き込んでやろうという意味での「騙すつもり」は彼にはない。ただ、実際には動かないマシンを「素質があれば動かせる」と信じさせ、テストを受けさせた点において、ネファスティスの行動はエディパを結果的に「罠にかける」ことになった。
 それではエディパのほうでは、見事にネファスティスの「罠にはまった」のかといえば、彼女は罠にはまりたかったのだ。怪しげなシャツを着た怪しげな男が怪しげな機械を通して差し出してくる怪しげな罠にはまりたいのに、完全にははまりきれない、しかも、そんな自分の姿が嫌でも自覚されてしまう。
 幻覚を完全には信じ切れないし、かといってそこから自由にもなれない。その宙吊り状態であがいているのもわかっている。パラノイアになりきれない疑似パラノイアの、疑似パラノイアなりの悩みが彼女を締めつける。それで思わずにはいられない――《幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら。》

 だれかと幻覚が共有できたら。だれかと幻覚の中に立てこもることができたら。それが、自分を閉じ込める自我の塔からの脱出口になるかもしれない。幻覚の中で自分から解放される、というアクロバット。
 それは本当に解放になるのか、と考えるより前に、「私には、このネファスティスの提供する幻覚は共有できなかった」とエディパは思い知ったのだった。

…続き
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