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その122 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


〈マックスウェルの悪魔〉の基本モデルとは異なって、〈ネファスティス・マシン〉の場合、悪魔は情報を得ることを(分子を「見る」ことを)自分でせずに済んでいた。「見る」のは "the sensitive" に任せて、悪魔は分子を分類するだけである。結果、彼の体内でエントロピーは増加しない。だから、マシン全体としてエントロピーは大きくならず、無限にエネルギーを生み出すことが可能になる。
 悪魔の代わりにエントロピーの増加を引き受けるのはマシンの外にいる "the sensitive"のほうで、その存在があってはじめてマシンの内部は万事滞りなく、永久に運動を続けられるかのようにふるまうことができる。
〈ネファスティス・マシン〉は、エントロピーを外部に排出する=特定の "the sensitive" に押しつけることで、はじめて成り立つシステムなのである。

 この構図から連想されることはいろいろあるが――じつにいろいろあるが――ともあれ、いまのエディパには当然、ここまではわかっていない。
 話が理解できないのなら、エントロピーは熱力学の世界と情報理論の世界を結びつける一種の隠喩と解してくれてもよい、と説くネファスティスに、「その隠喩のせいで〈悪魔〉が存在するように見えているだけなのじゃないか」と返すが、ネファスティスは少しも動じない。
 Nefastis smiled; impenetrable, calm, a believer. "He existed for Clerk Maxwell long before the days of the metaphor."
But had Clerk Maxwell been such a fanatic about his Demon's reality? She looked at the picture on the outside of the box. (p85)

《ネファスティスは微笑した。不可解で、平静で、信じるものの顔だ。「〈悪魔〉は隠喩が騒がれているきょうこのごろよりずっとまえ、クラーク・マックスウェルには存在したんだよ」
 だけどクラーク・マックスウェルって、この〈悪魔〉の実在をそんなに狂信していたのかしら? エディパは箱の外側に貼ってある写真を見た。》pp130-1/pp147-8

 写真をじっと見る。そして、マシンから出ている2本のシリンダーのどちらかに精神を集中する。ネファスティスによる説明はそれだけで、彼はエディパを残してテレビアニメを見に行ってしまう。
 本物の "the sensitive" なら、悪魔との通路が開けてメッセージが届くはずだと言われたエディパは生真面目に写真を見つめ、呼びかけさえする。
 Are you there, little fellow, Oedipa asked the Demon, or is Nefastis putting me on. Unless a piston moved, she'd never know. (pp85-6)

《そこにいるの、おちびさん、とエディパは〈悪魔〉に向かって問いかけた――それともネファスティスが私をかついでいるのかしら。ピストンが動かないかぎり、ほんとうのところはわからない。》p131/p148

“ネファスティスが私をかついでいるのかもしれない”とは疑っても、マシンの原理をわかっていないエディパには、“その原理は実現可能なのか”という根本的な問いは生まれていないように見える。
 しかし、これで充分だろう。《ピストンが動かないかぎり、ほんとうのところはわからない。》というおどろくような決めつけからしても、彼女が自覚なく“その原理は確かなもので、ネファスティスは自分をかついでいない”という信頼の圏内にあるのはまちがいない。
 それは信頼というより期待なのだろう。エディパは自分が "the sensitive" でありますようにと願いながら、マックスウェルの写真に向き合っている。一瞬、かすかに見えたようなピストンの動きは目の痙攣で、ほかに何の兆候もないことに急な怒りをおぼえる姿からもそのことは明らかだ。
Did the true sensitive see more? In her colon now she was afraid, growing more so, that nothing would happen. Why worry, she worried; Nefastis is a nut, forget it, a sincere nut. The true sensitive is the one that can share in the man's hallucinations, that's all.

《真の霊能者にはそれ以上のものが見えるのか? 腹の底に不安が生まれ、大きくなって行く――何も起こらないのではないか。気にすることはない、と、彼女は気にする。ネファスティスなんて気違い、もういい、正真正銘の気違い。真の霊能者っていうのは人間の幻覚を共有できる者のこと、それだけの話。》p132/p149

*太字は引用者。くどいようだが、「霊能者」= the sensitive(感度の強い人、高感度人間) である

 そして、こう続くのだ。
 How wonderful they might be to share.

 《幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら。》


…続き
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