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2004/04/10

その121 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

As the Demon sat and sorted his molescules into hot and cold, the system was said to lose entropy. But somehow the loss was offset by the information the Demon gained about what molescules were where.
 "Communication is the key," cried Nefastis. "The Demon passes his date on to the sensitive, and the sensitive must reply in kind. There are untold billions of molescules in that box. The Demon collects date on each and every one. At some deep psychic level he must get through. The sensitive must receive that staggering set of energies, and feed back something like the same quantity of information. To keep it all cycling. On the secular level all we can see is one piston, hopefully moving. One little movement, against all that massive complex of information, destroyed over and over with each power stroke."
 "Help," said Oedipa, "you're not reaching me." (pp84-5)

《〈悪魔〉が坐っていて、分子を熱いのと冷たいのに選り分けると、その系はエントロピーが低くなると言われる。しかし、なぜか、低くなった分は、どの分子がどこにいるかについて悪魔が得た情報によって相殺される。
「コミュニケーションが鍵になるんだよ」とネファスティスは叫んだ。「悪魔が自分のデータを霊能者に伝える、すると霊能者も同種のもので応じなければならない。その箱には何十億という分子が入っている。〈悪魔〉はその分子の一つ一つぜんぶについてデータを収集する。深い霊的な次元のようなところで〈悪魔〉は通達しなければならないんだ。霊能者はこの膨大な諸エネルギーの集合を受け取って、それとほぼ同量の情報をフィードバックしてやらなければならない。すべてを循環させるためにね。俗な次元で見えるものと言えばピストン一つだけさ、それが動いてくれればいいわけだ。その巨大な情報の複合体に対して、ちょっとした動きが一つ、ピストンが一回動くごとに、その複合体が次から次へと崩されて行くのさ」
「お手あげよ」とエディパ――「意味が私にとどかないわ」》pp129-30/pp146-7

 これが〈ネファスティス・マシン〉の原理だが、ひどくミスリーディングである。まず、
《〈悪魔〉が坐っていて、分子を熱いのと冷たいのに選り分けると、その系はエントロピーが低くなると言われる。しかし、なぜか、低くなった分は、どの分子がどこにいるかについて悪魔が得た情報によって相殺される。》

 この部分は〈ネファスティス・マシン〉ではなく、「どうしてマックスウェルの悪魔を用いても永久機関が不可能なのか」という、前回書いた一般的な理由の説明になっている。分類という、分子の情報を得て箱の中のエントロピーを減らそうとする行為が、悪魔の中にかえってより大きなエントロピーを溜め込むことになり、全体として見ると、「やはりエントロピーは増えてしまう」という話だ。
 それがこんなに舌足らずな書き方になっているのは、小説が、エディパがネファスティスからおぼろげに聞き取った内容を、ほとんどそのまま地の文に流し込んでこの場はこと足れりとしているからだろう。読んでいるこちらがヒヤヒヤする。
 では〈ネファスティス・マシン〉では、この悪魔内部のエントロピー増加をどうやってクリアするか。そこで
《「コミュニケーションが鍵になるんだよ」とネファスティスは叫んだ。》

 ここからが〈ネファスティス・マシン〉の原理である。
 鍵になる「コミュニケーション」とは、マシンの中の悪魔と、マシンの外にいる強い感度を持った人間、すなわち "the sensitive"(志村訳では「霊能者」)との間で行われるコミュニケーションのことなのだ―― と言ってからはっきり書いておくのは、以下の内容が、木原善彦『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』(2001)の、Lot 49 を扱った第三章でなされている解説の引き写しだということである。先ほどまとめて小説から引用した部分のうち、必要な箇所を再掲する(太字は引用者)
"The Demon passes his date on to the sensitive, and the sensitive must reply in kind. There are untold billions of molescules in that box. The Demon collects date on each and every one. At some deep psychic level he must get through. The sensitive must receive that staggering set of energies, and feed back something like the same quantity of information. To keep it all cycling. On the secular level all we can see is one piston, hopefully moving. One little movement, against all that massive complex of information, destroyed over and over with each power stroke."

《「悪魔が自分のデータを霊能者に伝える、すると霊能者も同種のもので応じなければならない。その箱には何十億という分子が入っている。〈悪魔〉はその分子の一つ一つぜんぶについてデータを収集する。深い霊的な次元のようなところで〈悪魔〉は通達しなければならないんだ。霊能者はこの膨大な諸エネルギーの集合を受け取って、それとほぼ同量の情報をフィードバックしてやらなければならない。すべてを循環させるためにね。俗な次元で見えるものと言えばピストン一つだけさ、それが動いてくれればいいわけだ。その巨大な情報の複合体に対して、ちょっとした動きが一つ、ピストンが一回動くごとに、その複合体が次から次へと崩されて行くのさ」》

 分子を「見る」=情報を得る行為は、それをおこなう者の内部にエントロピーを生んでしまう。ここで、引用文中で「データ」と「情報」が区別されているのが重大なポイントである。
 悪魔は、箱の中を飛び交う分子について、自分では「見る」ことをしない。ただデータを外の "the sensitive"(木原氏の訳では「高感度人間」)に送るだけである。データから分子の状態を「見る」、つまり情報を得るのは悪魔ではなく "the sensitive" の役目である。言い換えれば、悪魔は "the sensitive" がマシン内をのぞき込む、窓としてしか働かない。
 そして "the sensitive" は情報を悪魔に送り返す。
[…] デモンは、受け取った情報をもとに、分子を選り分け、マシン内のエントロピー(利用不可能な無秩序なエネルギー)を減らし、同時に自由エネルギー(利用可能な秩序あるエネルギー)を得て、これでピストンを動かす。
 こうしてみると、熱力学の第二法則、「エントロピー増大の法則」が破られているわけではないことが明らかになる。マシン内で減少するエントロピーと同等のエントロピーが、外部にいる高感度人間の体内に生まれているである。マシンは、いわばエントロピーポンプとして作用し、内部のエントロピーを外部に排出することによって、見かけ上、永久運動をするように見えるのだ。》木原 p49(太字は引用者)

 このようなことを木原氏は、“小説をきちんとに読めば、こういうことになっています”というような堅実な書き方で述べているけれども、そしてそれは確かにその通りなのだろうけれども、もしこの明快な解説がなかったら、独力ではぜったいに〈ネファスティス・マシン〉の工夫とメカニズムはわからなかった。
注釈書のP106~108あたりにある解説は、悪魔が "the sensitive" を通じてエントロピーを外に捨てるからくりについてはほぼ同じまとめになっているが、そのあと「情報」の取り扱いになると混乱を来たしてしまっていると思う。それはこちらの理解が追いつかないということかもしれないのだが)

 しかし、わかってしまえばこの仕組みはLot 49 の縮図のようなものなのである――と、これも木原氏の書いていることだった。

…続き



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