2004/04/11

その114 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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その83」でランドルフ・ドリブレットが『急使の悲劇』の台本にしたと言っていて、エディパも「その98」でザップフ古書店を訪れ入手した『ジェイムズ朝復讐劇』(ペーパーバック)ではこうなっていた:
No hallowed skein of stars can ward, I trow,
Who's once been set his tryst with Trystero.


いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない――
ひとたびトライステロとの出会い[トライスト]を定められた者の運命[さだめ]

 いまエディパが手に取っている『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』(ハードカバー、1957年刊)ではこうなっている:
No hallowed skein of stars can ward, I trow,
Who once has crossed the lusts of Angelo.


いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない――
ひとたびアンジェロの欲望に逆らった者の運命[さだめ]

 2行めのズレはどうしたわけだろう。このハードカバーには、その部分に長い脚注がついていた。3点メモする。

(1)テキストは四つ折判(1687年刊)にのみ従う
(※「その100」でまとめたように、ペーパーバックでは「出版年不明の二つ折判からとった」と書いてあったから、ここでもうズレている。
 あのとき「一六八七年版の異文参照」と書き込まれていた、その異文がこの四つ折判のことだと思われる。異文を参照したら、目当ての語はそこに存在しなかった)

(2)このテキストとちがう二つ折判では、結びの行が削除されている
(削除? では、その二つ折判をもとにしたはずのペーパーバックの結びの行――Trystero―― は、いったいどこから持ってきたのか)

(3)さらに、『急使の悲劇』には「ホワイトチャペル版」(1670年頃)という信頼性に欠けるバージョンもあり、そっちだと結びの行はこうなっている:
This tryst or odious awry, O Niccolo,
この出会い[トライスト]をか、憎らしき歪みの、おお、ニコロ

 これでは苦しすぎるし意味も不明だ。しかし、ほかの注釈者の説ではこの行は、
This trystero dies irae....
このトライステロ、神くらき怒りの日・・・・・・

をもとにした語呂合わせだという。しかししかし、そうなると今度は「トライステロ(trystero)」という語の意味がわからない。とにかくホワイトチャペル版は信頼できない。

 ――ここまでが脚注の内容で、もうぐちゃぐちゃである。「二つ折判」「四つ折判」「ホワイトチャペル版」。ぜんぶ異同があるし、そのどこにも"Trystero"の語はなかったはずなのだ。
『急使の悲劇』の終盤で、アンジェロがしたためてニコロに渡した手紙が、ニコロの死後に発見されると内容が変わっているという“奇跡”が起きたこと→その77をも連想させる、テキストの謎の入り乱れ具合がここに発生している。
 その混乱の中で、肝心の「トライステロ」の語は行方不明になってしまった。あのときニコロを殺したのが「トライステロ」の刺客であるらしかったのに、舞台の上でたしかに発されたその語がどこから来たのか、さっぱりわからないのである。

 ハードカバー版にこの脚注を施したのは、カリフォルニア大学英文科のエモリー・ボーツ(Emory Bortz)教授だとはっきり書いてあったので、エディパは直接、この専門家に訊きに行くことにする。その反応は正しい。

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