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その113 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 ホテルで案内された部屋には、レメディオス・バロの絵の複製が飾ってあった。「その9」からしばらく見たように、エディパにとっては呪いのように重要な画家である。
She fell asleep almost at once, but kept waking from a nightmare about something in the mirror, across from her bed. Nothing specific, only a possibility, nothing she could see. (p81)

《たちまちのうちに寝ついたが、何回も悪夢にうなされて目を覚ました。ベッドの向こうにある、鏡の中の映像に関係のある夢だった。特にこれという映像ではない。単なる可能性のようなもの、目に見えるようなものではなかった。》p124/p140

《鏡の中の映像》と言ったら自分の顔のはずである。だから志村氏は、ここで壁に掛かっているバロの絵はこの「出会い」(Encuentroじゃないかという説を解注で紹介している。いっぽうで、それは《特にこれという映像ではない》、《目に見えるようなものではなかった》、と説明されている。彼女を脅かすのは可能性なのだと。
 探したすえに見つかるのが自分の顔だったら、それは世界がすべて自分の織ったタペストリーでしかないと決めつける→その10のと同様、どこまでいっても「自分しかいない」孤独な状況である。それとも、彼女の敏感すぎるアンテナは、また別の状況のありうる可能性を、はっきりした自覚のないままに感じ取っているのだろうか。いずれにせよ不吉な予感(悪夢)であるのが気にかかる。

 ともあれ、ぐったり疲れたエディパは夫のムーチョとセックスしている夢を見て、いっそう疲れて目を覚ます。向かう先はレクターン出版社。
その100」でメモしたことをまとめ直すと、タンク劇場で見た『急使の悲劇』は『ジェイムズ朝復讐劇』というペーパーバックに入っていたが、それのもとであるハードカバー、『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』を出しているのがこのレクターン出版社なのだった。
 すでにして相当ややこしいが、さらに当の会社を訪ねてみると、その戯曲集は在庫が無く、エディパは会社から離れた倉庫の住所まで教えてもらってようやく手に入れる。彼女が調べたいのは、あの芝居で一度だけ「トライステロ」の語が発される箇所→その77だった。
She skimmed through to find the line that had brought her all the way up here. And in the leaf-fractured sunlight, froze.
 No hallowed skein of stars can ward, I trow, ran the couplet, Who once has crossed the lusts of Angelo.
 "No," she protested aloud, "'Who's once been set his tryst with Trystero.' "

《ぱらぱらとページを繰って、わざわざこんなところまで足をのばしてくる原因となった例の台詞を探した。見つけたとたん、木洩れ日の中で、体の凍りつく思いであった。
いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない 」とその二行連句は始まる――「ひとたびアンジェロの欲望に逆らった者の運命[さだめ]
「違うわ」と彼女は声に出して異議をとなえた。「『ひとたびトライステロとの出会い[トライスト]を定められた者の運命は 』だわ」。》pp124-5/p141

 そう、語句が違うのである。ペーパーバックにあった「トライステロ」の語が、親本であるハードカバーにはなかった。そんなことがありえるのか。

…続き
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