趣味は引用
その112 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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 第5章がはじまる。
 Though her next move should have been to contact Randolph Driblette again, she decided instead to drive up to Berkeley. She wanted to find out where Richard Wharfinger had got his information about Trystero. Possibly also take a look at how the inventor John Nefastis picked up his mail. (p80)

《エディパが次に打つ手はランドルフ・ドリブレットにもう一度連絡を取ることであったろうが、その代わりに車でバークレーまで行こうと決心した。リチャード・ウォーフィンガーがトライステロに関する情報をどこで手に入れたものか、知りたいと思った。ついでに発明家ジョン・ネファスティスがどんなふうにして郵便物を受け取るのか、見たいものだと思った。》p123/p139

 章のはじめのこういった語りかたも恒例になってきた。第3章→その41でも第4章→その89でも、いや、第2章→その17の冒頭でもすでに、章があらたまるたびにこの小説は、その時点でのエディパよりずっと先の、すべてを見通せる地点から、しかも彼女の探求の進めかたに評価を下すような距離を置いて、語りはじめるのだった。
 そして、そのような身ぶりを各章の冒頭でだけ見られる特徴として限定するのはむしろ不自然なので、全篇がじつはそのような場所から語られているととらえてもよいのではないかと、あたらしい章に入るたびにそのことを強く思い知らされながらここまで読んできた。
 だから、部分部分で時にはエディパの心内語を中継し、彼女のそばに寄り添う語り口が選ばれていても、それはそれとして、小説は主人公と別のところにいる、という気持がどうしても抜けない。次第に強くなる。
 そんな猜疑心を持って読んでいくのだが、しかし、この章もまた導入がすばらしく、2ページくらいまるまる引用したくなってしまう。つまりエディパばかりか、こちらもまったく、翻弄されているわけだ。
She purred along up the east side of the bay, presently climed into the Berkeley hills and arrived close to midnight at a sprawling, many-leveled, German-baroque hotel, carpeted in deep green, going in for curved corridors and ornamental chandeliers. A sign in the lobby said WELCOME CALIFORNIA CHAPTER AMERICAN DEAF-MUTE ASSEMBLY. Every light in the place burned, alarmingly bright;

《低いエンジンの音を立ててサン・フランシスコ湾の東側を海岸ぞいに走って、まもなくバークレー丘陵地帯に入り、真夜中近くに、幾層にもなって不規則にひろがるドイツ・バロックふうのホテルに到着した。なかは深緑色のカーペット、曲がりくねった廊下、装飾的シャンデリアというスタイルのホテルだ。ロビーの標示には〈歓迎 アメリカ聾唖者カリフォルニア支部集会〉とあった。この場所の照明はどれも胸騒ぎを覚えるほど明るく輝いている。》

 沈黙したホテルのドアをエディパは独りで開ける。そこはたまたま用意されていた、言葉の発されない場所である。抽象的な“真実”、いわば神の御言葉(Words)が、発されているのに自分には聞こえないのじゃないかとおそれる彼女→その19が到着する場所として、この設定(聾唖者の支部集会)はあからさまなメタファーのようであり、あんまりあからさまにすぎるためにメタファーであることを突き抜けて実際にエディパが開いたドアの向こうにあらわれてしまったかのようである。
 メタファーが《曲がりくねった廊下》を通って具体的な現実に顔を出した。そのすべてが小説である。めまいがする思いだ。
A clerk popped up from behind the desk where he'd been sleeping and began making sign language at her. Oedipa considered giving him the finger to see what would happen. But she'd driven straight through, and all at once the fatigue of it had caught up with her. (pp80-1)

《フロント・デスクのうしろで眠っていた受付係が起きあがり、身振りで話しかけてきた。エディパは手話で応じてようすを見ようかと思った。しかしここまでノン・ストップで車を飛ばして来たので、どっと疲れがまわってきた。》p124/p140

 いや、そしてエディパも何をしているんだ。

…続き
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