趣味は引用
その109 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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 ピアスの切手コレクションから、コーエンはエディパに使用済みの切手を見せる。1940年発行の、〈小馬速達便〉を記念する3セント切手。
"Look," he said, switching on a small, intense lamp, handing her an oblong magnifying glass.
 "It's the wrong side," she said, as he swabbed the stamp gently with benzine and placed it on a black tray.
 "The watermark."
 Oedipa peered. There it was again, her WASTE symbol, showing up black, a little right of center.
 "What is this?" she asked, wondering how much time had gone by. (p77)

《「ごらんください」と言って小型の強力ランプをつけ、彼女に楕円形の拡大鏡を手渡した。
「これじゃ裏側だわ」彼がベンジンで切手を軽く濡らして黒い皿の上に置いたときに、彼女はそう言った。
「その透かしです」
 エディパは凝視した。こんども、だ。例のWASTE印が中央より少し右寄りに黒く浮いている。
「これは何なの?」とききながら、どれくらいの時間が経過したのだろうかと思った。》pp118-9/p133

lot49 また、このマークなのである。今度は合衆国郵便の
 切手に透かしとして印されていた。正体は、切手の
 プロであるコーエンにも彼の同業者にもわからない。

 コーエンは次に別の切手を見せる。古いドイツの切手で、真ん中に「1/4」、上部に「Freimarke」、右側に「Thurn und Taxis(テュルーン・ウント・タクシス)」と銘がある。もちろん、『急使の悲劇』に出てきた大手郵便組織だ。
 その切手の実物を目の前に置いて、コーエンが解説を加える。1300年ごろから1867年にビスマルクに買い取られるまで、ヨーロッパの郵便事業はこの〈テュルーン・ウント・タクシス〉が一手に担っていたという。
Decorating each corner of the stamp, Oedipa saw a horn with a single loop in it. Almost like the WASTE symbol. "A post horn," Cohen siad; "the Thurn and Taxis symbol. It was in their coat of arms."
 And Tacit lies the gold once-knotted horn , Oedipa remembered. Sure.

《切手の四隅を飾っているのは、ひとつ輪の喇叭である。ほとんどWASTE印に近い。「郵便喇叭です」とコーエン――「テュルーン、タクシス家の印です。家紋の一部なのです」
 黄金のひとつ輪の喇叭はただ沈黙[しじま]、という台詞をエディパは思い出した。やっぱり。》

 この切手はウィキメディア・コモンズにあった。拡大すると四隅を飾る“ひとつ輪の喇叭"が確認できる。

          Thurn und Taxis 1866 45
(筑摩の単行本でも文庫でも、この切手は「解注」に載っている。また、この喇叭や、当の〈テュルーン、タクシス家〉のサイトにでかでかとある喇叭によく似たマークは、いまの日本の住宅の郵便受けでもよく見かけるものである。ヨーロッパでは「郵便といったらひとつ輪の喇叭」、というくらいにこの家名と家紋がスタンダードになっていて、それがそのまま日本に持ち込まれたということだろうか。なお、〈テュルーン、タクシス〉の家紋そのものもウィキペディアに置いてあるのだが、どの部分が喇叭なのかはいまひとつよくわからない)

"Then the watermark you found," she said, "is nearly the same thing, except for the extra little doojigger sort of coming out of the bell."
 "It sounds ridiculous," Cohen said, "but my guess is it's a mute."
 She nodded. The black costumes, the silence, the secrecy. Whoever they were their aim was to mute the Thurn and Taxis post horn. (pp77-8)

《「すると、さっきの透かしは」とエディパは言った――「ほとんど同じものだけど、鐘形のところから出かかっているような感じの、ちょっとしたものが余計ね」
「ばかげていると思われるかもしれませんが」とコーエン――「私の推測では、それは消音器[ミュート]です」
 エディパはうなずいた。黒装束、沈黙、秘密主義。彼らが何者であったにせよ、目的はテュルーン、タクシスの郵便喇叭を消音することであった。》pp119-20/pp134-5

 強調せずにはいられない。たいへんなことになっている。

…続き
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