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2004/04/10

その103 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

 あちこちに足を運んで手掛かりを探すことにしたのは、たしかに自分の意志である。それはそうなのだけれども、いきなり、予想を越える何かが出てきそうな気配に包まれてしまって心の準備が追いつかない――おそらくエディパはそんな気持でいる。
 She looked around, spooked at the sunlight pouring in all the windows, as if she had been trapped at the center of some intricate crystal, and said, "My God."
 "And I feel him, certain days, days of a certain temperature," said Mr. Thoth, "and barometric pressure. Did you know that? I feel him close to me."
 "Your grandfather?"
 "No, my God." (p74)

《エディパはあたりを見まわした。窓という窓から射しこんでくる陽の光におびえた。まるで自分が入りくんだ形の水晶か何かのまんなかに入っている虫のような気がしたのである。「神さま」と言ってしまった。
「そうじゃ、感じるんじゃよ、一定の日になると、一定の温度の日」とトート氏は言った――「一定の気圧の日になると、のう。あんたにゃわかるかのう? 身近に感じるんじゃよ」
「お爺さんを?」
「いや、神さまじゃよ」》p114/pp128-9

 自分が「入りくんだ形の水晶か何か」にとらえられてしまっているような思いに襲われる、という書き方からここで連想されるのは、『急使の悲劇』の演出家であるドリブレットのことだ。エディパは楽屋で彼を見た瞬間、目を囲む「皺の網目」に絡め取られていた→その82。再掲する。
She couldn't stop watching his eyes. They were bright black, surrounded by an incredible network of lines, like a laboratory maze for studying intelligence in tears. They seemed to know what she wanted, even if she didn't. (p60)

《彼の目から視線をそらすことができない。きらきらと黒く、そのまわりは信じられないほどの皺の網目だ。まるで涙の中に入っている情報を研究するための実験室の紛糾した装置の迷路のようだ。彼女が知らなくとも、彼女が知りたいと思っていることを知っているような目であった。》p93/pp104-5

 さかのぼって考えれば、丘の上から見下ろした街並み→その18だったり、入り組んだ地図→その26だったりといった、エディパにとって“自分には読み取れないが、何か秘密を隠しているにちがいない”ように見える神聖文字の1バリエーションとして、あの「皺の網目」も映っていたのだった。

 いま彼女は、それまで外から眺めていたつもりの迷路の中に、とつぜん自分が放り込まれているようだ、と直覚する。
 そこでとっさに口を突いて出る言葉が「神さま」という、今回の最初に引用した部分になるわけだが、前々回で引いた台詞に引き続き、ここのトート氏との会話の流れもすばらしいと思う。
 陽当たりのよい養老院で、ひがなテレビを見ているらしい穏やかな老人の口から、手では触れられず目にも見えない存在を、自分のそばにたしかに「感じるんじゃよ」と語らせる。
 それはトート氏にとっては和やかな奇跡だろうが、その彼の話を聞いて、いま、やはり自分の手の届かない正体不明の存在を感じ始めたエディパのほうは、《窓という窓から射しこんでくる陽の光におびえ》ているのである。

 このトート氏について、前回までに書き落としていた点があった。それは彼が年季の入ったアニメ好きだということで、エディパとの会話でも、自分の見ていた夢と、古いアニメがごっちゃになっていた。
 黒い羽根をつけた偽インディアン、という重要な話をしていたときも、祖父から聞いた思い出話と、むかし見たアニメがまざってしまったと言っている。
"The anarchist is dressed all in black. In the dark you can only see his eyes. It dates from the 1930's." (p73)

《「アナーキストは真っ黒なものを着ておってな。暗闇の中ではアナーキストの目ばかりしか見えんのじゃよ。一九三〇年代にできた漫画でのう。」》p113/p127

 それは「ポーキー・ピッグ(Porky Pig)」という豚の男の子を主人公とするシリーズ中の1本で、“真っ黒な格好をしたアナーキスト"が出てくるとまで説明されているから、注釈書でも Pynchon Wiki でも、「The Blow Out」(1936)というエピソードだと同定されていた。探してみると、あっさりDailymotionで見つけてしまったのでそっと貼る。


Porky Pig - The Blow Out 投稿者 bugs-bunny1

 さて、どうだろう。前述の「暗闇の中ではアナーキストの目ばかりしか見えん」というのは、05:15あたりからのくだりにまちがいない。
 ピンチョンは1937年生まれなので、再放送で見たはずだ。それが子供のころなのか、じっさいにLot 49 を書き進めていた60年代半ばのころなのかはわからないが、どちらにしろソフト化されるような時代ではなかっただろうから、テレビで目にしただけの短篇アニメの一場面を、自分の作品に書き込むほど印象深く受け取っていたらしいことにはこちらも「そうだったのか」と不思議な気持をおぼえるし、いま、はからずも無造作に他人の思い出に触ってしまったようなとまどいを感じてもいる。

 夜の闇に乗じ、〈小馬速達便〉の配達夫に襲いかかる、黒衣の秘密集団。それだけでも不吉だし、加えてエディパにしても読者にしても、『急使の悲劇』でニコロを殺した禍々しい暗殺者と結びつけずにはいられない、そんな存在を作中に導き入れるにあたり、重ねられているイメージのひとつには、このアニメのアナーキストもいる。
(重ねているのはトート氏だけだ、という見方は、小説の外にあるこのアニメを作中の彼がはっきり指示して内外の結びつきを作ってしまっている以上、成り立たないと思う。それに、じつはエディパもこのアニメは見たことがあった、と書いてあるのだ)

 ここから先を読むうえで、この「The Blow Out」のことも忘れずにおきたい。

…続き

佐藤良明訳『競売ナンバー49の叫び』(新潮社)では上のトート氏(ソスさん)の言葉がこうなっており、
《「その、アナキスト連中がさ、みんな黒を着てるんだよ。三〇年代のやつだな。」》p115

” In the dark you can only see his eyes. ”の部分が落ちている。こういうのは珍しい。

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