趣味は引用
その94 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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〈ネファスティス・マシン〉の発明者であるジョン・ネファスティス(←くどい)は、装置を動かすのに必須の"Sensitives"(高感度人間)はなかなかいないと言っているんだ―― そうコーテックスはエディパに語る。
 引き気味のエディパが、会話を切り上げるための方便として「じゃあ、私は"Sensitives"になれるかしら」と口にすると、意外にもコーテックスは「試してみたければ手紙を書けばいい」と応じ、前のめりにネファスティスの連絡先を教えようとする。
私書箱五七三」、というコーテックスの言葉をメモするためにエディパは手帳を開いた。そのページには、「その89」で触れた、あの奇妙なマークと彼女の決意表明、「私は一つの世界を投射すべきか?」(Shall I project a world? )が書き記されていた、という記述はあまりに絶妙であまりにわざとらしく、読み返すたびにほれぼれしてしまう。
 まさにいま、2人の会話に生じるズレから別の世界が浮かびあがるのを、エディパも読者も目撃することになるからだ。
 "In Berkeley."
 "No," his voice gone funny, so that she looked up, too sharply, by which time, carried by a certain momentum of thought, he'd also said, "In San Francisco; there's none--" and by then knew he'd made a mistake. "He's living somewhere along Telegraph," he muttered. "I gave you the wrong address." (p69)

《「バークレー市の私書箱ね」
「いや」という彼の声が変なのでエディパは顔をあげたが、その反応は目立ち過ぎた。そのときには、彼も一種の、思考のはずみがついていて「サン・フランシスコ市の私書箱だ。ないんだよ、その――」と、そこまで言ってから間違いを犯していたことに思い当たる。「テレグラフ通りのどこかに住んでいるんだ」と彼はつぶやく。「さっきの宛名は違っていた」》p107/p120

 このやりとりはわかりにくい。大まかには、2人のあいだに齟齬があったということだが、感度を強化して細かく見る。
 コーテックスは「私書箱五七三」とだけ口にした。エディパとしては、最初にネファスティスの名前が出たとき、彼がバークレーに住んでいると聞いていたから、それは当然、「宛先が“バークレー市の私書箱五七三”ってことね」、と確認している。
 それに対してコーテックスは、会話の勢いがついているため「いや、バークレーじゃなくてサン・フランシスコだよ、だってほら、ないんだから――」とまで言ったところで《間違いを犯していたことに思い当たる》。そして慌てて「私書箱五七三」を取り消した。
 何がないのか、コーテックスは何を間違ったのか。

 おそらく「私書箱五七三」は、通じる者たちのあいだでは、市の名前などを示すほかの情報がなくても、それだけで通用する番号なのではないか。コーテックスはエディパを“通じる人間”だと勘違いして(あるいは、ついうっかりして)その番号を伝えてしまった。
 しかし、実際には“通じる人間”ではなかったエディパは、通常の考え方で宛先を確認しようとした。それでコーテックスは、「そうじゃないだろ、あの番号はあの番号だけ、ほかに余計な情報はないんだからさあ」とまで言ってしまってから、そもそも“通じない人間”にはあの番号を教えてはいけなかったと思い当たり、わざとらしくも「さっき言った私書箱五七三ってのは間違いだったよ、うん」と苦しい言い訳をしたのである。

 そう考えてみてすぐに出てくる疑問は、このコーテックスという男、大企業ヨーヨーダイン社で働いている技師の正体は何なのか、ということだ。エディパの知っているふつうの郵便で使われる宛先とは別の番号で連絡をとることができる、“通じる人間たち”。それはいったい何者なのか。
 エディパにはそこをぜひ突っ込んでほしいが、上の引用に続く会話で、今度は彼女が間違いを犯す。

…続き
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