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その93 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


(再び): ただの空気しかないところから、温度差を作りエネルギーを取り出してしまう〈マックスウェルの悪魔〉。それを組み込んだ永久機関〈ネファスティス・マシン〉を動かすためには、もうひとつ必要なものがあるという。

 人間が、マシンに貼ったマックスウェルの写真をじっと見つめ、箱の中の悪魔と交信すること。

 ちょっと意味がわからないと思う。だがそのようにコーテックスは説明している。エディパはそっとあたりの様子をうかがい、自分を取り巻く世界のほうがどうかしてしまったのではないことを確認している。
all with Yoyodyne was normal. Except right here, where Oedipa Maas, with a thousand other people to choose from, had had to walk uncoerced into the presence of madness. (p69)

《ヨーヨーダイン社は万事が正常である。正常でないのはここ、エディパ・マースが千人もいる中から選りに選って、強制されたわけでもないのに辿りついて狂気と向かい合っているこの場所だけである。》p107/p120

 マックスウェルの悪魔だったら、自分で基準を持って分子を「選り分ける」ことができるのに、主人公エディパの場合は、無意識的に「選ぶ」相手がたいてい正常ではない人間ばかりになってしまう、彼女にはそんな習性がある、とでも言いたいような書きぶりだ。
 そして当のコーテックスが付け足すには、だれでもマックスウェルの悪魔と意思の疎通ができて、〈ネファスティス・マシン〉を動かすことができるというわけではない
 "Only people with the gift. 'Sensitives,' John calls them."

《「資質のあるひとだけさ。『霊能者』ってジョンは呼んでるけど」》

「霊能者」と言われてしまったらはっきりオカルトの領域だが、原語の "Sensitives" であれば、まだもう少しだけ、こちら側に踏みとどまっている気がする。ふつうの人よりも敏感に何かを感じ取る能力を有する人間になら、〈ネファスティス・マシン〉を作動させることができる。少なくとも、発明者ジョン・ネファスティスと支持者コーテックスは、そういう原理を信じているようだ。
 もっとも、この小説でこれまで"sensitiveである"と形容されたことのある人物として思い出されるのは、やはりちょっとどうかした方向に半歩踏み出しかけているエディパの夫、ムーチョ・マースであることからすると、「危ないんじゃないか」という印象はいささかも減ずるものではない。
(小説冒頭近く、「その3」で引用した部分の直前で、ラジオ局の仕事から帰ってきたムーチョが仕事の意義について怒濤のように愚痴り出すと、エディパは"You're too sensitive."「あなた、感じすぎよ」となだめていた)

 そしてまた、そのムーチョから届く手紙の誤植が意味ありげに映って気になったり、酒場のトイレの落書きが何か秘密を隠していると直覚したりといった、周囲の出来事から勝手に啓示の気配を感じ取るエディパ自身の姿もまた、"sensitized"(感度が強化された状態)というふうに語られていたことに思いを致すと、Lot 49 において"sensitive"であるとは、自分で紡いだ妄想の世界にのめり込んだ状態へと限りなく接近していく傾向のことではないかという予感もないではない。
 ムーチョ・・・エディパ・・・〈ネファスティス・マシン〉・・・さらには・・・、とつながっていく"sensitive"の連鎖が大いに気になってきた(sensitized!)が、ここで紹介されたマシンの実物がエディパの前に登場するには、まだもうしばらく待たなくてはならない。

 なお、『逆光(2006)の翻訳者である木原善彦氏のピンチョン論『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』(2001)では、この〈ネファスティス・マシン〉を鍵としてLot 49 が解読されており、そこでは"Sensitives"は、「高感度人間」と訳されていた(p48)。「霊能力者」よりずっといいと思うのだが、この木原説を紹介するのも、マシンの実物が出てからのほうがいいだろう。
 今ここでは、“James Clerk Maxwell”で画像検索をした結果を上からずっと眺めていくと、じわじわ怖くなってくる、とだけ書き足しておく。

…続き


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