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その89 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 第4章冒頭:
 Though she saw Mike Fallopian again, and did trace the text of The Courier's Tragedy a certain distance, these follow-ups were no more disquieting than other revelations which now seemed to come crowding in exponentially, as if the more she collected the more would come to her, until everything she saw, smelled, dreamed, remembered, would somehow come to be woven into The Tristero. (p64)

《マイク・ファローピアンにはまた会ったし、『急使の悲劇』のテクストをある程度までたどりもしたが、こういう追跡調査が胸騒ぎさせるのは、ほかの啓示と同程度で、数々の啓示がいまや指数関数的に殺到し、集めれば集めるほど多くのものがやってくるという感じになり、ついには見るもの、嗅ぐもの、夢みるもの、思い出すもの、一つとしてどこかで〈ザ・トライステロ〉に織りこまれないものはなくなってしまった。》p99/p111

 第3章の冒頭に較べると、この書き出しには、あれほどの強引さは感じない。小説がレールに乗って、あるいはレールに乗ったことにされて、動き出している。何が語られているかといえば、エディパの探求である。
 そんなことしたって意味はないよ、とドリブレットから釘を刺された探求を彼女は進める、すると啓示が次々に到来し、あらゆる事物と現象がトライステロなるものを形成するするようになっていった、と、この冒頭は一息に語る。何もかも「トライステロに織りこまれる」(come to be woven into The Tristero)という言い方が、レメディオス・バロの「大地のマントを織りつむぐ」を踏まえていることもまちがいない。
 ――こう書いてみて、「やっぱり、この書き出しも強引じゃないか」と考え直した。圧縮することにより、文章を速くする。その速度で一気に「こういうことになった」まで駆け抜けるので、読む側では「そういうことになったのか」と受け入れるしかない。こちらとしても、はやく先に進みたいという気持でいることが(だれだってそうだろう)、小説の側からうまく利用されている感じだ。

 ドリブレットからの注意はエディパの好奇心を止めはしない。逆だった。彼の言ったことを彼女なりに咀嚼した結果が、本格的な探求のスタートだったのである。
  For one thing, she read over the will more closely. If it was really Pierce's attempt to leave an organized something behind after his own annihilation, then it was part of her duty, wasn't it, to bestow life on what had persisted, to try to be what Driblette was, the dark machine in the center of the planetarium, to bring the estate into pulsing stelliferous Meaning, all in a soaring dome around her?

《とりあえずエディパは遺言状をもっと綿密に読み返してみた。みずからが消滅したのち何か組織化されたものを残すというのが本当にピアスの意図したことだとすれば、残存しているものに命を与えること、ドリブレットと同じようなものになろうとすること、プラネタリウムのまんなかの黒い機械になって、ピカピカと脈動する星座のような〈意味〉に遺産を変えてしまうこと、自分を包んでそびえるドームの中のあらゆるものを扱うことこそ自分の義務の一部ではないか。》

 ドリブレットと同じように、プラネタリウムの映写機になってみよう。ピアスの遺産にまつわる物事のあいだに何かつながりがあるならば、そのつながりを示す手掛かりを拾いに行く。しかしそれだけでは死んだ証拠を寄せ集めることにしかならないから、それに自分で意味を充填してみよう。おそらく、そこまでしてはじめて、ピアスが残した(かもしれない)ものが、「何か組織化されたもの」(an organized something)としてあらわれる。

 エディパがめざす方向は、このようなものだ。なぜか、あれだけ「よしておきなよ」と言っていたドリブレットに背中を押してもらった格好である。そしてこの部分の書かれ方が、“あらかじめ隠されてある何かを、エディパがあとから発見する”、というかたちではなく、“エディパの積極的な関与によって、はじめて「隠された何か」が生まれ、発見が成立する”という、この小説の事情を示していると思う。そこには、“発見からさかのぼって、それに先立つ探求が事後的に構成される”様子も含まれるだろう。

 エディパのやろうとしていることは、夜空に点在する星を見つけるだけでなく、見つけた星を線でつないで星座を創ることに似ている。星は実在する。線は自分で引くものだ。そして星にしたって、見つけられるのは自分の目で見えるぶんだけである。
 彼女は手帳を開き、以前〈ザ・スコープ〉という酒場のトイレで写した謎のマーク→その48の下に、こう書き記す。
Shall I project a world?

《「私は一つの世界を投射すべきか?」》

 いちおうは疑問形であるものの、すでにエディパは歩き出している。彼女は一つの世界を投射するつもりだ。つまりこの小説で、“探求-発見”は、“創造”に近くなる。ここにはっきり、エディパの筆跡で、そう書いてある。

…続き
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