趣味は引用
その30 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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《あるいは何かすばやいもの、神か、デジタル・コンピューターかがあらかじめ、この複雑な飛行の網を算出してあるのか。》

 重ね着しすぎて起きあがれなくなったエディパの上をスプレー缶がうなりをあげて飛び回るのだからドタバタなシーンにはちがいないが、彼女の考えたのはこんなことだった。
あらかじめ定められたもの”に、エディパは過敏に反応する。これは今の彼女が、映画の“もうできあがっている”筋を推測して賭けろと強制される役回りであることともつながっているだろう。
 さらにいえば、丘の上から見た街の眺めやトランジスタの基盤、または湖の地図になにか隠された意味があって、それらは自分に読みとられるのを待っている、ととらえる考え方もこれに似ていると思う。

 エディパは、対象のうしろに“すでに決まっているプログラム”とか“あらかじめ秘められた意味”があると感じ取り(あるいは思い込み)、それが自分には見えない、という点に脅威をおぼえている。
「計画」への過剰な反応。勝手な強迫観念かもしれないし、そうでないかもしれない。わからないまま小説は進む。なにしろ彼女は「酔っている」。
(なお、仮にスプレー缶が飛ぶとして、缶の内圧や内容物の量や周囲の環境のデータをどれだけ細かく集めても軌跡を計算で予想するのは不可能であることを明らかにしたのがLot 49 の出た1966年以降の科学じゃないかと思うが、よく知らない)

 バスルームの鏡を粉々に砕いてなおも飛び続けたスプレー缶は、中身がなくなってようやく落ちる。
 この大騒ぎに、モーテルの管理人である少年が仲間と顔を出す。めちゃくちゃになった部屋にたちこめるスプレーの霧。床に伏せた成人男女のいっぽうは着ぶくれした雪だるま。この状況を見て洩らされる感想は、「ロンドンから来たんですか」「そういうのロンドンの流行?」。
 バンドを組んでいる彼らが外で歌う曲をBGMにして、メツガーとエディパは気を取り直し、〈ボッティチェリ式ストリップ〉を再開する。さすがは大人の二人である。

…続き
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