2004/04/05

その86 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 きみがぼくの恋人になってくれれば、ぼくの内面や無意識をさぐるヒントだって手に入れることができるだろう、とドリブレットはエディパに語りかける。本気ではない。そんなことはやめなよ、と言っているのだ。
"You can put together clues, develop a thesis, or several, about why characters reached to the Trystero possibility the way they did, why the assassins came on, why the black costumes. You could waste your life that way and never touch the truth. Wharfinger supplied words and a yarn. I gave them life. That's it." He fell silent. (pp62-3)

《「手掛かりをつなぎ合わせて論文が一つ、いや、いくつも書ける――なぜ登場人物がトライステロの可能性に対してあんなふうに反応したのか、なぜ刺客が登場したのか、なぜ黒いコスチュームか。そういうことを書いて一生をむだにして、真実に触れることもない、というふうにもなれるわけだ。ウォーフィンガーは言葉と話を提供した。ぼくがそれに生命を吹きこんだ。というわけさ」それきり黙ってしまった。》p97/p109

 こんなふうに考える人間が相手では、これ以上問い詰めても、おだててもなだめても無駄である。だからエディパは、自分の前に「トライステロ」の影をちらつかせた男から退却するしかない。

 徐々に探求に深入りをはじめていたエディパ。○○を見つけたい、という対象を持たず、ただ、目の前に不思議とつながりをもっていそうな事物が次々あらわれるので、好奇心に駆られて動いているだけなのが彼女である。「関連があるかどうか見たいの。好奇心よ」→その81
 2つでも3つでも、複数の物事のあいだに「関連がある」と知るには、手掛かりを探し、積み重ねていく作業が必要だ。エディパはそれをするつもりである。実際、これからするだろう。
 しかし、そのような今後の探求の進み行きに対し、ドリブレットはこの時点で、「手掛かりを集め、つなぎ合わせて答えを見つけるような行為に意味なんかないよ(そんなことをしたって真実には触れられないよ)」、と言っている。

 いくらなんでも意地が悪い。そう感じてしまうのは、次々に謎めいた事物が登場するこのLot 49 を読み進むという行為には、どうしても、エディパに自分を重ねていくという部分があるからだ。
 読者に向かってはこの第3章のはじめで予告されていた名前(トライステロ)が、エディパにとっても蠱惑的な謎として姿をあらわし、いよいよ本格的に話が動いてきたと見えるこの時点で、あっさり「探求に意味はない」と冷や水を浴びせかける登場人物が出てくるのは、端的に、どうかしている。
 エディパに対してではなく、ドリブレットに対してでもなく、この小説に対して、「謎を解く気はあるのか」と言いたくなる。

 もちろん、脇役のひとりに過ぎないドリブレットの信念を、すべて真に受けないといけない理由はない。しかし、エディパの知識がようやく読者の知識に追いついて、つながりを探すあやふやな探求の核が形成されそうになっている、そんな場面の直後にこの発言が来るのは、なんだか不吉である。
 エディパの探求は、まだスタート地点にいるうちに、あらかじめ無効宣言が下されてしまっている。
 これが彼の台詞のひとつめのおそろしさである。

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