趣味は引用
その84 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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“ドリブレットは何かを知っている(ように見える)が、どうも気のないふりをしている(ように見える)。”
 カッコの中はエディパの観察だが、この前後は彼女の視線を通して地の文が書かれていくので、エディパの目は読者の目にも重ねられていく。
 当たり前でありながら、これはつくづくえらいことだと思う。逆から見れば、ドリブレットがエディパに向かってかける言葉は、エディパに重なっている読者にも向けられることになるのだから。
 その構図を踏まえて次を読むと面白い。
"Why," Driblette said at last, "is everybody so interested in texts?"
"Who else?" Too quickly. Maybe he had only been talking in general. (p61)

《「どうしてみんな」と、やがてドリブレットは言う――「こんなにテクストに興味をもつんだろう?」
「私のほかにも?」もう少し間を置くべきだった。彼は一般論をしているだけなのかもしれないじゃないか。》p95/p106

 そう、エディパのほかに、読者も台本を気にしている――と口を挟みたくなるが、ドリブレットが言っているのは、もとの戯曲(リチャード・ウォーフィンガー作)をめぐる学問的な論争はうんざりだ、ということであるらしい。そう言って彼は《見憶えのある微笑をした。》
 その微笑が、劇中で何度も見せられた微笑であることにエディパは気付く。
 つまり、ニコロを追う刺客、劇の最後になってから〈ザ・トライステロ〉という名前がわかる謎の組織について、舞台上の人間たちが決してその名を出さずに、しかし全員がわかっている状態で、秘密を共有する者として演技を続けていく場面で浮かべていた、意味ありげで思わせぶりで不気味な表情→その72その73を、それを演出した当のドリブレットがいま、芝居が終わったあとの楽屋で観客ならぬエディパひとりに向かい、浮かべている。冷気が忍び寄り、エディパは怖気をふるう。
『急使の悲劇』の登場人物たちは、微笑の裏に「トライステロ」の存在を隠していた。それと同じ表情をしているドリブレットにエディパは、トライステロについてではなく、微笑そのものについて訊ねる。そしてこのようなことがわかる。

・あの「意味ありげな微笑」は、ドリブレットによるオリジナルの演出だった
・また、ニコロが殺される直前、黒衣の刺客が3人姿を見せるのも、ドリブレットの演出だった
・原作のリチャード・ウォーフィンガーは、微笑の指示はしていないし、刺客の姿も見せないようにしていた

 次の質問は、もちろん「その変更の理由は?」ということになる。

…続き
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