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その83 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 ドリブレットはシャワーに入る。エディパは『急使の悲劇』の台本を見せてくれるよう頼むが、そこには複写しかない。
(この楽屋のシャワールームは、背の低い扉で区切られているだけなので、エディパにはドリブレットの首から上だけは見えている)
"Hey," she yelled into the shower. "Where's the original? What did you make these copies from?"
 "A paperback," Driblette yelled back. "Don't ask me the publisher. I found it at Zapf's Used Books over by the freeway. It's an anthology, Jacobean Revenge Plays . There was a skull on the cover."
 "Could I borrow it?"
 "Somebody took it. […]" (pp60-1)

《「ねえ」とシャワーに向かって大声で――「原本はどこにあるの? このコピーを取ったもとのものは?」
「ペーパーバックの本だよ」とドリブレットがどなり返す。「出版社は知らない。ハイウェイのそばのザップフの古本屋で見つけたんだ。戯曲集だよ、『ジェイムズ朝復讐劇集』っていうんだ。表紙に頭蓋骨の画がある」
「お借りしていいですか、それ」
「だれかがもって行ってしまったよ。」》p94/pp105-6

 ぜひともチェックしたい台本は消えている、と、この男は言っている。
 それだけでも都合がよい(=あやしい)が、続けてドリブレットは、そのザップフという古本屋には同じ本がもう1冊あった、いまもあるかもしれないよと述べる。もちろん、エディパの反応は以下のようになる。
Something came to her viscera, danced briefly, and went. "Are you putting me on?" For awhile the furrowed eyes only gazed back. (p61)

《何か腹にこたえる感じがあって、ちょっともやもやしてから消えた。「私をかついでいるんじゃない?」しばらくのあいだ皺に囲まれた目は、じっと見返すだけであった。》p95/p106

 エディパは、まず「ドリブレットは何かを知っている」と感じている。そのうえで、たび重なる都合のよさから「私をかついでいるのでは?」と疑いを抱くのだから、ひとりで振り子運動をしているわけだ。メツガーとはじめて対面したとき、あまりにいい男なので「私は騙されているのでは?」と疑った姿が再び思い出される→その21
 メツガーにしてもドリブレットにしても、あるいは夫のムーチョにしても精神科医のヒレリアスにしても、エディパの前に現れる男たちの言動は、みんな芝居がかっている
 しかしそこから発する、うしろに何事かを隠しているのかもしれないうさん臭さと、彼らのふるまいがコミカルである(うしろには何もない)という印象は、おそらく分離しようがない。そんな合わせ技が、男たちの人数分だけ、主人公のエディパ一人にのしかかる。彼女にできるのは、ただ“疑う”ことだけだ。

…続き
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