趣味は引用
その82 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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 タンク劇場の奥へ奥へと入っていったエディパが見つけたドリブレットは、まだ舞台で演じたジェンナーロの衣装をつけたままだった。
She couldn't stop watching his eyes. They were bright black, surrounded by an incredible network of lines, like a laboratory maze for studying intelligence in tears. They seemed to know what she wanted, even if she didn't. (p60)

《彼の目から視線をそらすことができない。きらきらと黒く、そのまわりは信じられないほどの皺の網目だ。まるで涙の中に入っている情報を研究するための実験室の紛糾した装置の迷路のようだ。彼女が知らなくとも、彼女が知りたいと思っていることを知っているような目であった。》p93/pp104-5

 危ない! と叫びたくなるが、本当はもう遅い。
 自分が何を知りたいのかわかっておらず、ただ「知りたい」という気持だけに衝き動かされている、そんな状態のエディパの目に、このドリブレットという男は、彼女が何を知りたがっているのか知っていて、それを教えてくれそうな存在として(いきなり)映っている。なぜか。
 ここでそのような「自分の知らないことを知っていそう」な雰囲気を醸し出しているのは、《信じられないほどの皺の網目(an incredible network of lines)》である。思えばエディパはこういうものに弱かった。

その18」にあった、丘の上から見たサン・ナルシソの眺めと、そのとき思い出したトランジスターの回路。あるいは「その26」、テレビのCMで見た人造湖の地図。そういった神聖文字めいた形象を、エディパは“何らかの意味を秘めているのに、その意味が自分には読み取れないもの”として受け取っていたのだった。

 しかしそれらのときでさえ、「読み取れないけど、意味がある」というのは、「読み取れないんだから、秘密の意味がある」との思い込みが逆さになって生まれていたようなものだったのだから、このエディパという人間は意味を求める欲求が過剰であるように見えたものだが、いまここに至っては、男の目を囲む皺に一撃でハートを射貫かれている。

 それに対してドリブレットは、「きみは『急使の悲劇』について聞きに来たんだろうけど、あれに意味なんてないよ」と言う。
 まるで彼女の思い込みを見抜いており、軽くいなすような口ぶりなのが面白い。そして、そんなふうに感じてしまうからには、読んでいるこちらにもいくらかエディパが伝染ってきたのかもしれない。

…続き
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