2004/04/08

その81 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


『急使の悲劇』は、舞台上で「トライステロ」という語が発されたあたりでほとんど終わりのようで、それからたいしたことは起こらない。
 ジェンナーロに率いられたファッジオの軍勢がスカムリアに攻め入り、一面血の海、死体の山となったところで幕だという。説明までぞんざいだ。

 しかし、アメリカ兵の骨がイタリアの湖に沈められたのちに引き揚げられたという、ピアスの地所にまつわる話→その59が、劇中にあった、ファッジオ近衛兵の骨のエピソードとかぶっていたこと→その76を、放って帰るわけにはいかない――と思い込んでいるのが主人公のエディパである。
 二十年前に戦死したアメリカ兵の骨が煙草のフィルターになっていることなんて今さらどうでもいいじゃないか、きみは傍迷惑な正義感のかたまりになってるぞ、と怒り出すメツガーに、いいえそうじゃない、そんな動機じゃないの、と彼女は抗議する。
She looked around for words, feeling helpless.
 "What then?" Metzger challenged, getting to his feet, looming. "What?"
 "I don't know," she said, a little desperate. "Metzger, don't harass me. Be on my side."
 "Against whom?" inquired Metzger, putting on shades.
 "I want to see if there's a connection. I'm curious." (p59)

《彼女はあたりを見まわして言葉を探すが言葉は見つからない。
「じゃ何だい?」とメツガーは挑戦しながら立ちあがり、暗がりにぼおっと姿が浮かぶ。「何だよ?」
「わかんない」と、やけ気味になって、「メツガー、苦しめないでよ。私の味方になってよ」
「敵はだれさ?」とメツガーはきいてサングラスをかける。
「関連があるかどうか見たいの。好奇心よ」》p92/pp103-4

 好奇心。読者としてはおそらくそうなんだろうと思っていたが、エディパじしん、自分はただ「知りたい」という内側からの欲求で動いているだけなんだとわかっていることが示されている。それを自覚している姿は“冷静”とも映るし、“わかっているのに止められない”とも映る。それで彼女は、ひとりで劇場の楽屋まで押しかけていく。
 ここでは、前回までしつこく見たような、小説主人公を翻弄している、というような関係はすでに見えなくなっている。知りたがる主人公のおかげで、小説が進んでいる。
 それはまったく当たり前であるはずのことだが、では、あの(いわば)小説主人公が分離しているかのような書きぶりはなんだったのだろう。この小説は、エディパに何をしようとしているのだろう、と、いっそうの警戒心を携えながら読んでいくことになる。

 エディパの訪ねる相手は、『急使の悲劇』の演出家である。名をランドルフ・ドリブレットという彼は、役者として重要人物のジェンナーロ(ひとりだけ「トライステロ」と発話した)を演じた男でもあった。
 役者だからなのかどうか、このドリブレットも、エディパの前でかなりの曲者としてふるまうことになる。弁護士のメツガーをはじめて見たとき、「こんなのは俳優にちがいない」と感じていたのが思い出される→その21
 それは次回以降に見ていくとして、上で引用した部分のあたまには、何とはなしに立ち止まってしまう。
She looked around for words, feeling helpless.
《彼女はあたりを見まわして言葉を探すが言葉は見つからない。》

「wordsを探す」というのは、たぶんまったく平凡な言い回しなのだろうが、エディパはたとえば、ここサン・ナルシソ市に到着したシーンでも、どこかから何らかの御言葉(words)が発せられたかのようにして、ひとつの啓示を受け取りかけていたのだった→その19
 こちらがその気になれば、つまり、こちらの準備さえ整っていれば、豊穣な意味を汲み出せるはずだった啓示が、ただ目の前を通り過ぎていったと勝手に感じ取ってしまう意識。そこから《関連があるかどうか見たいの。好奇心よ》という台詞は、まっすぐに引き出されてくる。

 そんなエディパに向かって「wordsなんてどうでもいい」と言い放つのが、ほかならぬ演出家ドリブレットなのである。

…続き

コメント

非公開コメント