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その77 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続きは今回で終わる。

 死せるニコロの懐中で、手紙の文面が書き変わっていた。
 このありえない出来事に対するジェンナーロの感想は、むなしく殺された近衛兵の骨と、同じく、罪なくして殺されたニコロの血が混じり合って「奇跡」が生まれた、というものである。その場の全員が神を讃え、ニコロを哀悼する。
 しかし、ここで観客および読者の受け取りかたはふたつあるはずだ。

・本当に奇跡が起きた
・ニコロを殺した黒衣の集団が手紙を入れ換えた

 奇跡なら説明できない。少なくとも、このLot 49 が立脚している現実性のレベルでは、奇跡に理由をつけることはできない(というか、作品の基盤になるレベルからは説明できない現象が「奇跡」である)。
 ここはLot 49 のなかでも物語内物語になっており、外枠のLot 49 と内側の『急使の悲劇』では現実性にズレがある、という読みかたは採りたくない。何度か書いたように、小説のなかには「劇のあらすじを説明する地の文」のほかに劇はなく、それと「ここまでの(これからの)エディパの探求を語る地の文」は同じもので、両者にレベルの差はない、と考えて読んでいるのだった。こうやって繰り返し自分に言い聞かせる必要があるくらい、すぐに忘れそうになるけれども。

 話を戻して、もし黒衣の集団が細工をしたというのなら、それはファッジオに利することだから、ニコロ殺しという行為と矛盾するように見える。では何のためだ。そして、そんな入れ換え(アンジェロの罪の告発)ができるなら、黒衣の集団は相当な情報網と実行力を持った、おそろしい組織だということにもなるだろう。いったい何者なのか――と妄想したところで、たいへんな「引用」が来る。
[…]Gennaro ends on a note most desperate, probably for its original audience a real shock, because it names at last the name Angelo did not and Niccolo tried to:

 He that we last as Thurn and Taxis knew
 Now recks no load but the stiletto's Thorn,
 And Tacit lies the gold once-knotted horn.
 No hallowed skein of stars can ward, I trow,
 Who's once been set his tryst with Trystero.

Trystero. The word hung in the air as the act ended and all lights were for a moment cut; hung in the dark to puzzle Oedipa Maas, but not yet to exert the power over her it was to. (p58)

[…]ジェンナーロの最後の言葉の響きはひどく絶望的で、もともとの観客にとって真に衝撃的だったのではなかろうか。なぜならアンジェロが言わず、ニコロが言おうとして死んだ、その名をとうとう言うのだから。

 われらが最期にテュルーンとタクシスとして知っていた者は
 いまや短剣の尖端のほかに主を知らず
 黄金のひとつ輪の喇叭はただ沈黙[しじま]
 いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない――
 ひとたびトライステロとの出会い[トライスト]を定められた者の運命[さだめ]

 トライステロ。その言葉は第四幕が終わり、すべての照明が一瞬消えたそのとき、宙に漂った。暗闇に漂ってエディパ・マースを当惑させたが、まだ後日にいたって発揮するほどの力をふるいはしなかった。》p90/p100

その72」や「その73」で見たように、あれだけもったいぶって観客からは(そして読者からも)隠されていたのに、ここで落雷のように「トライステロ」の名が登場する。そしてこの登場の仕方がまた厄介である。

…続き
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