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2011/04/05

Nathanael West "A Cool Million and The Dream Life of Balso Snell"

A Cool Million And The Dream Life of Balso Snell
FSG Classics(2006)


『イナゴの日』という作品で名前だけは有名なナサニエル・ウェスト(1903ー40)、その中篇小説ふたつが1冊にまとめられている。予備知識ゼロで読んだら、どちらも人を喰った作風で、「この時代にこういうものを書く人がいたんだなあ」と思った。そして今に残っているんだなあ、とも。

The Dream Life of Balso Snell(1931)
《トロイの町の外、生い茂る草地を歩いていたバルソ・スネルは、ギリシア神話に出てくるあの有名な木馬を見つけた。詩人である彼はホメロスの古い詩を思い出し、入口を見つけてやろうと決めた。
 よくよく調べて回ったが、穴は三つしかない。口、ヘソ、そして消化管の端っこ、である。口には手が届かないし、ヘソは奥に続かない。だからプライドのことは忘れて、最後の穴へ向かった。おお、驚異なる肛門!》p3

 ふざけてるのか、と思うが、実際ふざけている。巨大な木馬の中で、彼は次から次へと奇人変人に出会い、聞きたくもない話をえんえん聞かされる。その繰り返し以外に筋らしい筋はない。キリストの脇の下に住んでいたノミの話(「彼の血を飲んだ」とわざわざ書いてある)だの、嗅覚だけで現実を見つけようとした男だの、相当しょうもない話が続く。いちばん凝っているのは、男子中学生が女教師の気を引くために書いた、犯罪告白ノート。そんなものが木のうろに隠してあってバルソはそれを読む。
 この木馬、腸の長さはどうなってるんだなどと考えても仕方がない。わりと早いうちに、バルソは「この木馬に住んでるのはみんな、聞き役がほしい作家なんだな」と思い至るが、それでどうなるわけでもない。
 確実にあるのは、立派な作品だけは書くまいという意志。しょうもなくて、くだらなくて、悪くなかった。


A Cool Million(1934)

 お母さんと2人でつましく暮らすレミュエルくんは、ある日、家主の横暴でわが家が奪われかけていると知る。ストップをかけるには3ヶ月以内に1500ドルの大金を用意しなくてはならない。でもまだ17歳の僕にそんなことは無理だ。どうしよう。
 困り果てた彼は銀行家のウィプル氏に助けを求める。かつてアメリカ合衆国の大統領まで務めたというウィプル氏は、しかし、この青年を厳しく叱咤する。ここは機会の国だ、自分の力で何とかしたまえ。正直で勤勉であれば必ず報われる――国民がこれを信じなくなったら、アメリカの終わりだよ。ロックフェラー氏をごらん、フォード氏をごらん。きみも頑張るんだ。
 
 そんなわけで奮い立った善良な主人公が希望に燃えて歩き出すこの小説は、いわゆるアメリカン・ドリームを右手で描き出す端から、左手でそれに泥を塗りつけていく。というか、泥を塗るために描いている。
 電車に乗れば金を盗まれ、濡れ衣を着せられてしまう。ニューヨークへ行くはずが刑務所に放り込まれる。釈放されても仕事はない。やっと見つかった仕事は詐欺の片棒担ぎである(また捕まる)。いっぽう、彼のガールフレンドであるベティも、孤児という境遇をものともしない健気な子だったが、さらわれるわ乱暴されるわ奴隷として売られるわで、辛酸を舐め続ける。
 偶然のみちびきで2人が再会してからも、小さな希望がひとつ見えたかと思った次の瞬間、いくつもの不幸が雪崩のように押し寄せて、正直で勤勉な男女の受難は続く。さらには、おや、そこで収監されているのは、銀行が潰れてしまったウィプル氏ではないですか。

 ひどい話だ、と思うが、実際ひどい話だ。うんざりしすぎて笑ってしまう。とくに「へえ」と思わされたのは、レミュエルくんを襲う災難が、身体へのダメージとして即物的に描かれているところ。
 刑務所では、どうかしている所長の方針により歯をぜんぶ抜かれる。事故で片目を失う。親指を切り取られる。頭皮を削がれる。片足をなくす。などなど。アメリカン・ドリームという、実体があるんだかないんだか疑わしい代物(なにしろ、だ)を追う者は、そのじつ物質的なを求めているわけで、この小説ではその結果、何よりも具体的な肉体が損傷されるのである。
 金を夢だなんて言いくるめるから罰が当たるのか。でもそれは誰の責任なんだ。世間の通念がはらむ欺瞞のしわ寄せを代表して受けているような気配さえあるレミュエルくんが自分の言葉で演説をはじめる(!)ころには、小説はほとんど終わりかけている。
《「僕は道化です」と彼は語り出した。「ですが、道化だって真剣になる時がある。まさに今が、その時なのです。僕は――」》p177

 こちらは、むかし邦訳も出ていた模様。

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