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Eric McCormack "First Blast of the Trumpet Against the Monstrous Regiment of Women" (1997)
First Blast of the Trumpet Against the Monsterous Regiment of Women
Penguin(1998)


『ミステリウム』が面白かったので、エリック・マコーマックの別の長篇を読んでみた。こちらの本のなかで柴田元幸が(『ミステリウム』とあわせて)紹介していたのを、つい勢いで買ったままずっと積んでいた。たしかAlibrisで100円くらいだった。送料別。
 この長い長いタイトルを柴田氏は、『女たちのおぞましき支配に異を唱える喇叭の最初の一吹き』と訳している。

 スコットランドの炭坑町に生まれたアンドリュー君こと「わたし」の半生が、誕生のときから語られる。そこで起きるのは、苦難に次ぐ苦難、災厄に次ぐ災厄で、ありていに言えば、「わたし」のまわりでどんどん人が死ぬ。
 一緒に生まれた双子の妹はすぐに死に、責任を感じた父親も死に、女手ひとつで「わたし」を育ててくれるかと思われた母親もやがて病死して、「わたし」は船に乗せられ南方の島に住む叔母の家に身を寄せるが、優しく見えた叔母もじつは問題のある人で――と、この時点で「わたし」はまだ11歳である。波瀾万丈にもほどがある。
 それからも様々な不幸や天変地異が連続し、島は大津波で壊滅するからおかしな孤児院に入るしかないし、そのあと渡ったカナダでもえんえん悪夢にさいなまれるし、外側からも内側からも、じつに多くの苦労を「わたし」は強いられる。いいことだってないわけではないけれど、たいていそのあと、しっぺ返しのようにもっとひどいことがやってくる。
(こうなると、「わたし」が災厄に遭うというより「わたし」のほうで災厄を呼び寄せているのじゃないかと思われてくるフシがあり、実際に作中で彼はほかの登場人物からそのようになじられ嫌われたりもする。不憫である)
 
 そんなふうにこの小説は、ひとりの男の自伝・半生記という揺るがぬ枠組みをもち、時間の順の通りにまっすぐ進んで、なぜこのようなものを書くことになったのか経緯を語る「現在」にまでなだれ込み、そこで終わる。
 必要以上にきちんとした外枠があるわけで、そのため内容のおかしさがいっそう際立つことになる。上述した、ありえない不幸の連続てんこ盛りというのもそのおかしさのひとつだが、だいたい、自分がこの世に生まれた前後の出来事を、さも見てきたかのように語るのはおかしいじゃないか。
(なんでそんな語りが可能なのか、あとになって説明はあるものの、その付け足しはかえって「物語ること、書くことのうさん臭さ」を強調する方向に働くことになる。そんな説明も強調も、結局、うさん臭いのだ)
 そしてまた、おかしいといえばタイトルもおかしい。これには冒頭、プロローグよりも目次よりも先に説明がついていて、「女たちのおぞましき支配(the Monstrous Regiment of Women)に異を唱える喇叭の最初の一吹き」とは、実在の宗教改革者ジョン・ノックスが書いた政治パンフレットの題であること、そしてそこでは「支配」の意味だったregimentが、こんにちでは「大群、連隊」の意味に誤解されがちであるという事情まで書いてある。
 だから、「わたし」の前に現れて強烈なインパクトを与え、多くの場合は災厄をもたらして去っていく人物のほとんどが女性であることをこのタイトルは示していると考えられなくもないし、長きにわたってしつこく「わたし」を悩ませる悪夢の中で、女たちが連隊を組み陰惨なパレードをしているというのも、この誤解から発想されているのかもしれない。

 しかし変な言いかただが、そういった、説明をつけようと思えば一応は説明がついてしまうようにみえる作品のありかた、そこがいちばん「おかしい」と感じるところで、繰り返すが、うさん臭いのだった。
(作中で「わたし」は偶然、ノックスのパンフレットを目にするが、読まない。なお、ググったらそのものが出てきた)

 そんな印象を持ってしまうのは、ここまで書いてきた大雑把な紹介から、どうしても抜け落ちてしまう細部のせいである。
 人から聞いた話として、または実際に体験したものとして、説明のつかないエピソードがこの小説にはいくつもある。無茶でホラーな出来事はこの小説の主たる構成要素だが、そういうものともちがい、本筋にまったく絡まず、その後の展開へのつながりもたぶんない小ネタが、ぽつんぽつんと置いてある。
 たとえば、航海中に巨大な海の怪物と遭遇するが、まったくの無害で次のページでは去っているとか(12章)、とある女性の本棚に恋愛小説がいっぱい並べられており、それらの作者名がことごとく姓名で頭韻を踏んでいるのにそれについて言及は一切ないとか(34章)、「なぜそんなことをそこに書き、書いたうえで放置したのか」さえ、じつはあんまり気にならない程度の些細なエピソードが、妙に忘れがたい。だからどれだけ枠組みがちゃんとしていても、読みながら、その「ちゃんと」具合に半信半疑になってしまう。この「ちゃんと」は本当に「ちゃんと」しているの?、と。

 読者がそのような半信半疑で読むからこそ、苦労続きの人生で「わたし」が手に入れた数少ない友情や愛情を、作者のほうではストレートに扱うことができるのかもしれないと思えてくるし、さらにもう一回ひっくり返して、「わたし」の半生を誕生から一直線にたどり直すこの小説が、いくつかの強引な力業によって、なぜか円環を描きそうになっているようにも、はたまた、わざわざ描きそこなっているウソのかたまりであるようにも見えてくる。
 これはそんな、おかしな小説であった。



■ 付記:

・宗教改革者ジョン・ノックスのことを、マコーマックは隠し部屋を査察して収録の短篇でも題材にしていた。
 本作では、『パラダイス・モーテル』など過去作からの「引用」もたびたび行われている模様。見落としたところもたくさんあったにちがいない。

・また、後半の44章、謎の女と「わたし」がホテルのベッドで裸になって繰り広げる行為が全篇中で最高におぞましく、「ああ気持悪い、でもこれ、まったく同じものを別の小説でも見たことあるよ」と思い出した。
 それは若島正が編集したアンソロジー『エソルド座の怪人』に収録されていた1本で、短篇ぜんぶがこの行為の描写に費やされる変態作だった。
 いま本が手元にないので検索してみたら、なんだ、「誕生祝い」というその短篇、作者は当のマコーマックだった。そこだけ気になる方はそちらを読まれたい。
 マコーマックはこの長篇からいちばん気持悪いところを切り出して短篇にしたのかもしれないし、よくできた短篇だから長篇に組み入れたのかもしれない。つまり、お気に入りなのか。抗議の喇叭を吹き鳴らしたいところである。


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