2004/04/02

その26 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 前にも書いたが、部屋に入ってきたメツガーがエディパの反応を見ようとするかのようにぶつけたのは、彼が生前のピアスに会った際、彼女のことを何と言っていたか知りたくないかなということだった。エディパは「知りたくないわ」と答えていた。
 拒絶したい過去をテレビのコマーシャルが呼び戻す。というのは、流れてくるCMは「ファンゴーソ礁湖」という施設のもので、それはほかならぬピアスの所有していた地所だったからだ。メツガーはご丁寧にそんなことも教えてくれる。
 ただしエディパの心を奪うのは、画面に写るこの人造湖の地図だった。彼女は、その日の昼に丘の上から街を眺めて感じたのと同様、地図からも謎を受け取る。あるいは、勝手に読み取る。
Some immediacy was there again, some promise of hierophany: printed circuit, gently curving streets, private access to the water, Book of the Dead.... (p20)

《何か、抜きさしならぬ直接さを、また感じた。何か聖体示現[ヒエロファニー]のようなものを――印刷回路、ゆるやかにカーブする街路、運河に通じる私道、〈死者の書〉……》p35/p39

 連想が暴走しかけたところでCMは終わり、映画が再開する。
 メツガーと父親、犬の乗った潜水艦が網と機雷でピンチになると、見ているメツガーは興奮してドイツとイギリスの軍備を解説し、おどろくエディパにまた不思議なことを口走る。
“How do you know that?”
“Wasn't I there?”
“But,”began Oedipa, then saw how they were suddenly out of wine. (p21)

《「どうしてそんなこと、知ってるの?」
「ぼくはそこへ行ってたんだぜ」
「でも」とエディパは言いかけて、それから急にワインがなくなっていることに気づいた。》p36/p40

 いや問題はワインじゃないだろうと思うが、この発言は流される。メツガーが言っているのは、自分は撮影の現場にいたということなのか、本当に戦場にいたと錯覚しているのか、それともただの冗談なのか、わからないままだ。これだから酔っ払いは困る。
 そんなたわごとめいたセリフに対し、注釈書は「歴史的事実と作られた映画との境界がぼやけ、混じりはじめる」などと応酬、こちらもこちらで酔っぱらっているように見える。しかし、たわごとだろうがなんだろうが、小説のなかに無視できるものはひとつもない。

…続き

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