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その25 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 エディパのところを訪れた弁護士メツガー。彼がかつて子役として出演した映画がちょうどテレビで放映される。そういうシーンだった。
 その映画、“Cashiered”(『軍隊から追放されて』)はどんな作品なのか。

 仲間をかばってイギリス軍を追放された父親が、自分の子供とその愛犬であるセントバーナードを連れて、名誉挽回をはかりトルコヘ向かう。小型潜水艦に乗った二人と一匹は、協力し魚雷を射って進む。「ドイツ兵が何だ、トルコ兵が何だ」。『軍隊から追放されて』はそんなふうに始まる。
 この設定は翻訳書の解注にも言及がないので、いま付け焼刃で調べてみると、映画の舞台は第一次大戦下の1915年、ドイツと連合したオスマン帝国のガリポリ(ゲリボル)半島を奪おうとするイギリスの上陸作戦なのだった。父親と子供と犬も、同胞と共に戦おうとしているわけだ。
 作戦は結局失敗に終わり、解任された英海相がチャーチルで、勝ったオスマン側司令官は准将[パシャ]に昇進、ケマル・パシャになったんだそうである。つい勉強になった。

 話を戻す。
 父親のかわいい子供として登場するのがむかしのメツガー、芸名〈ベイビー・イゴール〉である。自分の出演作に感激した(あるいは感激したふりをした)メツガーは、流れてくる挿入歌に声を合わせてうたい、そして不思議なことを言う。
“You didn't sing along,” he observed.
“I didn't know,” Oedipa smiled. (p20)

《「きみ、いっしょに歌わなかったね」と彼が言った。
「私は知らないんですもの」とエディパは微笑する。》p34/p38

 ふたりは並んでワインを飲みながら、同じ映画を見ている。しかし、今まさに目の前のテレビで進行している映画の展開を、メツガーは知っており、エディパは知らない。おそらくこの不平等を強調するために、上の2行はある。
 続けて「なぜそんなことを言うのか(わたしがこの映画のことを知らないなんて当たり前じゃないか)」とエディパが尋ね返す間もなく、映画にはコマーシャルが入る。

…続き
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