趣味は引用
読めるだけ読むM&D その2
Mason & Dixon

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 これまでも何度か読書日記めいたものをやっては挫折しており、反省点がいくつかある。最大のものがこれだ。

 書くのに時間かかりすぎ。

 だいたい私は読むのが遅いのに、輪をかけて書くのが遅いんだから、今回のように時間が限られている場合には、そこをどうにかしなくてはいけない。なので、こんなことを考えた。

 (1)あらすじをまとめようとしない。
 (2)なるべく感想だけ書く。

 つまり、内容の説明をしようなんて思わない、ということだ。だって、人に説明できるくらいちゃんと読もうとしたら、いつまでたっても読めないもの。ここから次の方針が立つ。

 (3)わからなければ飛ばす。

 パラパラめくるに、Mason & Dixon はぜんぶで78章あるみたいなんだけど、1章につき、ひと言ふた言のつぶやき程度、感想を残していければそれでいいだろうと考えている(だいたい、目標は「はんぶん読む」ことだし)。私の好きな「本文からの引用」も、あんまりしないほうがよさそうだ。
 そうなると、自分の記録以外には何の役にも立たない、読書日記というよりむしろ、ただの感想の羅列を私はめざすことになる。何かしらの有益な情報を求め、検索でこのブログにたどり着いた方にはたいへん申し訳ないけれど、これだけは声を大にして言いたい。いいじゃないか、どうせ6月に翻訳が出るんだから
 ではどうしてそんなものをブログで書くのか、についてはおいおい弁解することになるかもしれないが、そんなことより大事なことをもうひとつ。

 (4)きっと途中で挫折する。

 もはやこれも方針である。
 そんなことを書いているうちにおどろくほど時間が過ぎていたので、さっさと第1章から読んでいきたい――とは言うものの、「新潮」2010年5月号のピンチョン特集では、各作品の書き出しが翻訳掲載されており、Mason & Dixon も冒頭だけは訳文がある(それも、“全小説”の第1弾だけあって、ほかの作品より量が多い)。
 さすがにこれだけは引用しておこうと思ったが、せっかくなので、その柴田元幸訳ではなく、12年前にほんのちょっとだけ世に出た、佐藤良明バージョンの冒頭訳を書き写す。
《雪の玉が弧を描き、離れ家の壁に星形の跡を刻した。従兄弟たちの体も雪玉の跡だらけ、帽子もデラウエアから吹きつける風の中へと飛ばされた――橇が家の中に運び入れられ、その底板がていねいに水を払われ油脂を塗られ、玄関の突き当たりに靴が置かれ、ストッキング足の騒々しい行進がキッチンへ続く。朝早くから間断なく続く子供たちの振動音に、煮立つ鍋やヤカンの蓋が呼応するキッチンは、パイのソースと剥いたフルーツ、牛の脂と熱した糖の香りでいっぱいだ……》

 これは、1998年に新潮社が“新潮クレスト・ブックス”をはじめる際に出した、『来たるべき作家たち』というムックに掲載されていたものだ→古本。佐藤良明は、そこで前年に発表されたMason & Dixon を紹介し、あのトマス・『重力の虹』・ピンチョンが、どれほど面白くて深い小説を書いたのか、ぞんぶんに楽しんでみせる文章を寄せていた。
 思えば私はそれを読んだとき(まだ佐藤訳『ヴァインランド』が出る半年も前)から10年以上、Mason & Dixon の翻訳刊行を待っていたわけで、それがあと、たったの2ヶ月半で出るのだから、ああ…、もう原書で無理しないで翻訳を待てばいいかな… いや、いやいやいや。
(なお、このときには、“『メイソン&ディクソン』は、佐藤良明・柴田元幸共訳の予定”だった)

 話を戻すと、上の引用の原文は、ここから4、5回クリックすれば見ることができる(米amazon)。見ればおそらく、その文字面に「おや」と思われるのではないだろうか。
…続き
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