趣味は引用
読中日記 (16)


■ 11月7日(土)

 いいかげん、この読中日記の発端だったところのピンチョンInherent Vice を読まないと、あれは自分のなかでも「なかったこと」になってしまうのではないかと不安になり、今月に入ってからちまちまページをめくっているが、私の読解力ではひと晩に数ページしか進まない。
 加えて、読んだことをどんなふうに書いていけばいいのか見当がつかず(だって、いずれ確実に翻訳が出るのにあらすじを書いてもしかたがない)、こんな読書ペースでは書いてあった内容を忘れてしまいそうだからこせこせメモをとっているが、そのせいでなおさら速度は落ちていく。

 困ったことだ。というのはこの小説、どうやら、1970年のアメリカ西海岸を舞台にしてどんどん話の展開するミステリで、考えてもみてほしい、どんどんページがめくれるから面白いはずの小説を、1日にせいぜい10ページずつ読むのでは、お互いにとって不幸なのじゃないだろうか。
 つまり、読みたい本が自分の身の丈にあってなかったのがそもそものまちがいだと考えていた本日夕方、隣町の書店でもって、宮沢章夫『時間のかかる読書』が出ているのを見つけてすかさずレジに持っていった。

時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず
(2009/11/06)
宮沢 章夫

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 横光利一の短篇「機械」を、雑誌の連載で11年と数ヶ月かけて読んだ記録として、ずっと予告されていた本だ。「はじめに」にこうあった。
《だが、速く読む必要などなにもない。》

 とつぜん何を言い出すんだ。いや、しかしこの断言の力強さはどうだ。
 宮沢章夫がものすごくゆっくり書いたこの本を「速く読む必要などなにもない」、私もなるべくゆっくり読もうと思って、チョコレートと食パンとコーヒー豆を買い、なぜか電車にも乗らずに歩いて部屋まで帰ったのに、気がつくとうっかり80ページほど読んでしまった。ここまでにも印象的な部分はいくつもあって、面白いなあと感じ入るたびに「はじめに」に戻っている。
《早回しはだめだ。
 早く回してなにが知りたいのだ。
 速読はそれに似ている。
 だから逆に言えば、「読み」は遅ければ遅いほどいい、とも言えるが、しかしそれが、ふつうに読めばおよそ一時間で読めるところを、十一年以上かけたとしたら、いったいなにが起こっているのか人は不審に思うのではないか。まあ、簡単にまとめてしまうなら、それはきわめて愚かなふるまいである。》

 この連載を「ひとつの冗談として書いていた」と言っている以上、うえの引用もまた冗談なのかもしれないけれど、せめて私も小声でこう言ってみたい。
 身の丈のことなど知らない。

…続き


★冒頭にまず「機械」そのものが再録されているので、この短篇を読んだことのない人でも『時間のかかる読書』は安心して手に取れる。
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