2004/04/02

その22 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 メツガーは、子役時代の芸名は〈ベイビー・イゴール〉だったと語りながらエディパを口説きはじめる。彼女は彼女で、今の自分はかなり魅力的に見えるはずだと思っており、そんな雰囲気のもとでこのシーンは進む。

 メツガーは大富豪ピアスとさほど親しかったわけではないらしい。あの人はぼくに一度だけきみのことを話してくれたと彼は言う。そんな話は聞きたくない、とエディパは部屋のテレビをつける。ところがそこに映ったのは、犬とじゃれあう子供――幼いメツガーが出演した映画なのだった。
“That's me, that's me,” cried Metzger, staring, “good God.”
“Which one?” asked Oedipa.
“That movie was called,” Metzger snapped his finger, “Cashiered.” (p19)

《「あれ、ぼくだ、あれぼくだ」と目をむいてメツガーが叫んだ――「驚いたなあ」
「何ていう映画?」とエディパが訊いた。
「この映画の題名は」と言ってメツガーは指を鳴らし「『軍隊から追放されて』っていうんだ」》p32/p36

 すごい偶然だ、と受け入れる人はまずいない。
Either he made up the whole thing, Oedipa thought suddenly, or he bribed the engineer over at the local station to run this, it's all part of a plot, an elaborate, seduction, plot. O Metzger. (p20)

《これは全部、彼が仕組んだことか――と急にエディパは思った――さもなければ、この町のテレビ局にこの映画を流すよう技師を買収したか、で、すべて一つの陰謀の一端、手のこんだ、誘惑、陰謀。ああ、メツガー。》p34/p38

 またも「だれかがわたしを騙そうとしている」とエディパは思う。この場合はメツガーが、自分に向けて陰謀をこしらえたのではないか、と。
 ここでは「陰謀」といっしょに「誘惑」という言葉が置かれている。エディパの考えているように、口説くことが騙して罠に陥れることであるとしても、彼女がいきなり陰謀の気配を感じているのにはもっと問題があると思う。

 元俳優が部屋に来てテレビをつけると出演作が流れる。この符合はあまりに無茶だから、裏に何かの計画を予想するのはむしろ自然かもしれない。
 ただ、この推論がスムーズなせいで、“被害妄想を抱くとき、人は前提として自分の価値を無自覚に信じている”という点が見えなくなっている気がする。

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