趣味は引用
読中日記 (13)


 保坂和志「未明の闘争」「群像」11月号の冒頭を、もう一回書き写す。
(引用の前に記号を付ける。AからEまで、どれも最初の2ページから引いた)
A《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》

「ビックリガード」がわからないので、五叉路がどこの五叉路なのか、いまひとつピンとこない。あそこか?とも思うが、そもそも、こんな五叉路はウソなのかもしれない。
 いや、ここがウソだと夢の描写としておかしい、だから正確に書かれているはずだ、というのはわかるのだが、続いて出てくる、この場所のさらなる説明は、まるで「なるべくわかりにくくする」のを意図して書かれているかのようだ。
B《[…]西側の南寄りにあるホテルメトロポリタンの南の端を西から来た片側三車線と片側一車線という変則の四車線道路がかすめる。道路はそこを過ぎると地下一階分くらい下降して、幅百メートルほどある線路の下に潜る。採光が悪く照明もろくにないそこがビックリガードだ。》

C《山手線と埼京線と貨物の線路と西武池袋線が地上を走っているために、西と東を行き来するにはビックリガードをくぐらなければならない。百メートルあるガードをくぐりきる前に道路は上り勾配になり、地面の高さに完全にもどりきるより前に明治通りに合流するそこが「ビックリガードの五叉路」だ。》

「そこが」って、どこだ。私がようやく見当をつけることができたのは、次の記述を読んでからである。
D《明治通りとビックリガードをくぐってきた道路でT字ができる。五叉路のうちの三本はだから太い。あとの二本はだいぶ細い。T字を横にした┤の右に三角定規の直角を┤のタテ棒というのは南北のことだが、そのタテ棒に対して三十度の開きでくっつけた感じだ。右のこの二本は狭いからビックリガードを抜けてきた変速四車線の道路のつづきということはまったくなく、そこから来た車はみんな明治通りに入ってゆく。》

E《右側の狭い二本の道で直角に仕切られたエリアはいまはジュンク堂書店が建っているが、そのときあったのは証券会社だった。そのエリアの上側、というのは北側の三十度の角度の三角州のようなエリアはいまはカラオケ館のビルがあるが、そのときあったのは五階建てのテナントビルで、屋上にローン会社のアコムの大きな看板が乗っていた。[…]
 というその五叉路に私がもうじき着くタイミングでスクランブル交差点の信号がいっせいに歩行者青になった。時間は十二時半。》

 つまりは、「ジュンク堂書店池袋店で買い物をして、駅へ戻るために渡る横断歩道」である。そう書いてくれれば話は早かった。これだって、ジュンク堂に行ったことのない人からすればさっぱりだろうが、そんな人にもよくわかるようにと上の引用部分が書かれたのではないのはまちがいない。繰り返すが、だって、すごくわかりにくいのだ。
 位置関係をつかみにくくするための書き方。話を早くしないための書き方。読み直すほどに翻弄されるというか、単純に気持が悪くなってくるので、実際に池袋へ行ってみることにした。

 私は10月12日の日曜日午後に池袋へ着くと、西武内のリブロの雑誌売り場に置いてある「群像」で「未明の闘争」の上記引用部分をあらためて3回読み直した。そのまま1階出口から外へ出て横断歩道を2本渡り、巨大なジュンク堂書店の前まで行く。私はそれからいま自分が歩いてきたほうに向きを変え、目の前を真横に走る明治通りを見ているところで、最初の引用を再度する。
A《[…]明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》

 私の方向はこれで合っている。私は自分が渡ってきた横断歩道の左側に太い道路が延びて行き、それが下降して線路の下にもぐるのが見える。ビックリガード!私はまわりにこれだけ人がいるなら同じく「未明の闘争」を確認に来ている人がいないかと思いながら(それはない)、引用を確かめる。
B《[…]西側の南寄りにあるホテルメトロポリタンの南の端を西から来た片側三車線と片側一車線という変則の四車線道路がかすめる。道路はそこを過ぎると地下一階分くらい下降して、幅百メートルほどある線路の下に潜る。採光が悪く照明もろくにないそこがビックリガードだ。》

 早くもここが、説明として飲み込めない。ジュンク堂から駅のほうを見るのは、東から西にむかう方向なのに、いまのBの説明は、車道を西から東になぞっている。
 原因は、「ビックリガードの五叉路」と「ビックリガード」の距離だ。小説の「私」が「篠島」を見た現場は「ビックリガードの五叉路」だから、そこを説明するためにまず「ビックリガード」から述べる、という論理のつながりがあって、それなのに「ビックリガードの五叉路」と「ビックリガード」はけっこう離れている。そのためいったん五叉路を離れてビックリガードについて書くことになり、今はジュンク堂になっている証券会社の前から駅にむかう歩行者「私」の目からでは見えやしない記述(B)が取り入れられたのだと思われる。論理のつながりが地理のつながりを切断する。車道の流れは私のむいている方向と正反対だ。
 不思議なのは、わかりやすさを優先するなら五叉路についてだけ書けばよく、たとえ通称が「ビックリガードの五叉路」だとしても、ビックリガードの説明から語り起こす必要は特にないだろう、ということだ(「私」は五叉路を渡ってから、ビックリガードには行かず、西武の建物に入るのである)。
 ということは、ここの記述において、五叉路だけでなく、行きもしないビックリガードについても書いておかないといけない理由があった、つまり、わかりやすさ以上に優先したいものがあったということになる。それがさっき書いた「ビックリガードの五叉路」→「ビックリガード」という論理なのかもしれない。もっとも、私は、ただこういう書き方がしたかったからじゃないかとも思うのだが、それはどんな書き方なのか。次もやはり、西から東へむかう車の立場で書かれている。
C《山手線と埼京線と貨物の線路と西武池袋線が地上を走っているために、西と東を行き来するにはビックリガードをくぐらなければならない。百メートルあるガードをくぐりきる前に道路は上り勾配になり、地面の高さに完全にもどりきるより前に明治通りに合流するそこが「ビックリガードの五叉路」だ。》

「ビックリガードの五叉路」から「ビックリガード」にさかのぼったのが、再度「五叉路」に戻ってきたわけである。これに続く次の説明も、そのままつながっているのがはじめてわかった。
D《明治通りとビックリガードをくぐってきた道路でT字ができる。五叉路のうちの三本はだから太い。あとの二本はだいぶ細い。T字を横にした┤の右に三角定規の直角を┤のタテ棒というのは南北のことだが、そのタテ棒に対して三十度の開きでくっつけた感じだ。右のこの二本は狭いからビックリガードを抜けてきた変速四車線の道路のつづきということはまったくなく、そこから来た車はみんな明治通りに入ってゆく。》

 位置関係を「T字」で説明するのは、また別の問題になると思われる。




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(2009/10/07)
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