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2009/10/14

読中日記 (12)



「群像」11月号の保坂和志「未明の闘争」第1回を読みはじめると、いきなり「?」とつまづくことになる。
《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》

 最後の部分、《私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》がおかしい。一瞬、見まちがいかと思って読み直すが、まちがいなくまちがっている。誤植ではないとわかるのは、このあとも、おかしい「私は」が続くからだ。
私はそこまで小走りして、
「いまの篠島だったよな。」と言うと、長谷川信也はものすごく難しい顔で首をねじるように傾げて、》

私は信号はすでに赤に変わっていたから、まわりの人に聞かれないように声を低くしなければならなかった。》

私はエレベーターでカルチャーセンターのある八階に上ると、エレベーターホールからそのままつづいているロビーの広いスペースを見回したが篠島の姿は見えなかった。
 私はロビーは十二年間も勤めていた場所なので、いちいち見なくてもどこに何があるか知っていた。》

 この繰り返しは気持が悪い。ここから出てくる不穏な雰囲気は、『カンバセイション・ピース』とはだいぶちがう。私の読んだ保坂作品だと唯一、『小説、世界の奏でる音楽』に入っている短篇、「K先生の葬儀実行委員として」がこれに近いかもと思ったが、さっき読み直してみると、あちらもやっぱりおかしい小説だったものの、少なくとも、こちらほどあからさまにおかしな日本語は使われていなかった。
(その代わり、「死んだ人間が目の前で横断歩道を渡る」話はあちらにもあったのを確認した)

 不穏とか言いつつ、保坂和志はどうしちゃったんだと心配するのではなくて、このおかしな「私は」の採用を、「いよいよこういう書き方に乗り出したんだな」、と受けとめ一種の安心のうちに落ち着けることはできる。
 なんとなれば、保坂和志がいちばんの尊敬を捧げる小島信夫、その去年復刊された新潮文庫『アメリカン・スクール』の巻末に、それこそ保坂和志じしんが書き下ろした「解説」を私は読んでいたからで、そこでは、小島信夫の文章の強さを生む動因のひとつに、日本語としておかしい「○○」がある、と述べられていたのだった。
《[…]少なくとも小島作品においては、「は」は「が」より強く、「は」を途中に入れるより文頭に持ってくる方が強い。それによって読者は書かれた内容との距離感を失う。[…]》

《書こうとする情景や心理状態と書く自分との関係を、よくよく心して変え、しかもそれを注意深く持続させていないと、すぐにセンテンスは「は」でなくなってしまう。文を書くということは思う以上に対象と距離を取ることだったんだなと痛感した。》『アメリカン・スクール』解説p389

 でも、こうやって過去の文章をひっぱってきて「こういう意図を実践するのだな」と読者の私が安心してしまうのは、保坂和志の本意ではないだろう。本気で心配する(どうしちゃったんだ)ほうがまだましだ。なにしろ、「書かれた内容との距離感を失」わせる「私は」なのだから、ここで私が小説の実物から離れてしまってどうする。
《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》

 私はそれで最初の引用を読み直してみると、「これは夢の描写の始まりですよ」とはっきり書いてあるのも同然だ。私は夢の途中で「これは夢だ」と気づけたことがない。だからいつも必死で切迫している。そんな感じをなぞるような、これは「私は」の連打なのだった。
 そして小説の「私」はほどなく夢から覚めて、私は読みながらうすうす期待していたとおり、起きてからもなお、おかしな「私は」が繰り返されて、そのまま次号へ続くのである。
 いわゆる「この先の展開が読めない」というのより以前の段階で、この小説はどうなるのか、どこへ行くのか。ところで、この小説を読んだ私は池袋へ行った。その話は次回。



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