趣味は引用
読中日記 (6)

 このノートパソコンが重いのは、これのせいらしい。
 よかった、大食らいの門番はいなかったんだ。


■ 8月27日(木)

・池袋ジュンク堂に寄って帰る。
・たまに見かける謎の研究誌iichiko、2009年夏号(NO.103)の特集が「ミハイル・ブルガーコフ」なので買ってみた。みんな『巨匠とマルガリータ』を読めばいいと思う。
・「iichiko」には、ブルガーコフの住んでいたアパートにかつてさんざんされていたという落書きの写真あり。

《それはすべて権力の譬えばなしなのだ、権力が授乳期、成長期を経て組織的濫用にいたるという譬えばなしなのだと。》
『競売ナンバー49の叫び』pp63-4

ピンチョン『ヴァインランド』は、ようやく終わりが見えてきた。
・これだけたくさんの奇人変人と馬鹿みたいなエピソードが乱れ飛ぶ大きな小説を、小さくつまらなくまとめると、これは〈権力の根深さ〉の話だということになるのかもしれない。オビにそう書いてなくてほんとうによかった。

・権力は悪で、反権力のふるまいはオールオッケー、という単純な話ではなくて、たとえば、権力に歯向かう者のなかにも権力を求める部分があり、本人はそれを否定したくていっそう反権力の方向にのめり込む、そして権力はそこまで見越してその個人をまるごと吸い上げようとする、みたいな入り組んだ(でも、ありそうな)関係が、左翼活動家の女性が制服フェチだとか、ひどく俗っぽいかたちで描かれる(しかも娘に遺伝する)。
 そういうエピソードの洪水のなかを数百ページにわたって押し流されるとどうなるか。――権力は悪で、反権力のふるまいはすべてオッケー、みたいに見えてくるのである。あれ?

 受け取り損ねている気もするが、この権力という相手はものすごく根深くて、どんなに無関係そうな分野にもそれっぽくない顔をして滲出してくるから対抗するのはかなり骨、まともに戦って勝ち目はなく、対抗も戦いもどんなかたちでならありえるんだろう、というふうにもなっていくようなのだけれども、しかし、謎の幻視体験(説明なし)だとか、ゴジラに踏みつぶされた研究所(解明なし)だとかを節操なく取り込んで、いちおうの外枠はあってもその内側はユルユルに崩れている、そんな様子が読みどころになっている小説を、その無定型でぐずぐずな部分をぜんぶ捨象してまとめてしまっては、それこそ『ヴァインランド』の精神に反してしまう気がする。

・いや、『ヴァインランド』の精神なんてぜんぜんわからないし、いま書いたこともそのうち忘れてしまうが、この小説を語っているのが、以下の引用部分に出てくる鸚鵡たちにも似た、やかましくにぎやかな声であることはおぼえておきたい。
《101号のちょうど郡境の橋を越えたところに駐車した運転手は、シェリフがそれを聞きつける前に、積荷のすべてをさばいてしまった。その積荷が何かというと、これが大量に密輸された鸚鵡たち。そうでなくても相当過敏の住人は、口止めのためにテキーラを飲まされ続けていた鸚鵡たちの二日酔いの体が、ヌッとそびえる18輪トラックのクロームの側面に映し出されたのを見て正気を失ってしまったのか、サイケデリック・フラワーのような原色パターンをポワーンと見ながら、わけもわからず鸚鵡たちを買ってしまったふうであった。まもなくヴァインランドのどの世帯からも鸚鵡のおしゃべりが聞かれるようになった。一人の調教師がみんなまとめて訓練したのか、どれもまったく同じ調子でしゃべる――「イイカ、オウム、ヨクキキナ」。この鸚鵡たちは、そこらの鸚鵡とは違って、いくつかのレパートリーをでたらめに喋るのではなく、物語を、それもいくつもの物語を、延々語ってきかせることができた。堅物ジャガーとイタズラ猿のおはなし。色鮮やかな交尾レースや交尾ショーのおはなし。木を切り倒しに森に入る人間たちへの恨みつらみの物語。語り上手の鸚鵡たちは、この町の欠かせぬ家族の構成員となった。鳥の語る寝物語に、アップビートな安らぎに包まれて眠りの国に入っていった子供らは、そこで鸚鵡たちも顔負けの極彩色の夢の中を駆けめぐる。》p333


■ 8月28日(金)

・私の住んでいるアパートの隣は狭い空き地になっており、雑草と雑木が好き放題に生い茂っているせいでノラ猫や首輪のついた猫の遊び場になっていたり、いちにちフロ場の窓を開けておくと細い枝葉が入ってきたりしていたのだが、すこし前から「家、建てます」の告知看板が設置されていて、今朝起きると、すっかり何もない空間になっていた。拍子抜ける。
・ようやく口内炎なおる。


■ 8月29日(土)

・友達と飲み会。ジンジャーエールを10杯飲む。
・「現行のアンパンマンの主題歌はじつは2番で、1番の歌詞はずっと切ない」という話を聞き→これ、思いつきで「1番も2番もバイキンマンの心情を歌っているとするとスジが通るのじゃないか」と口走るも、いまググったら、わりとよくある見解だとわかって2ミリ落ち込む。Google以前にはなかった落ち込みなのかもしれない。


■ 8月30日(日)

・『ヴァインランド』、460ページあたりまでくると、『競売ナンバー49の叫び』の主人公、エディパ・マースの旦那だったムーチョ・マースが再登場する。
『競売』では中古車販売の仕事もラジオ局のDJもうまくいかずに困っていたムーチョ、『ヴァインランド』では「成功」していると言ってよさそうだけど、このへんの書かれかたはすこし切ない。
・そんなこともあって、『ヴァインランド』を読む人は先に『競売ナンバー49の叫び』を読んでおいたほうがよいかというと、べつに順番はどっちでもいいと思う。



巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)巨匠とマルガリータ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)
(2008/04/11)
ミハイル・A・ブルガーコフ

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競売ナンバー49の叫び競売ナンバー49の叫び
(1992/11)
トマス ピンチョン

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ヴァインランドヴァインランド
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