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読中日記 (2)

■ 8月11日(火)の続き

・帰省する電車のなかで、ピンチョンの『ヴァインランド』(1990)を読みはじめる。Inherent Vice の予習のつもりだが、3時間たって実家に着いてもろくに進んでいない。なにより、重い

・『ヴァインランド』の舞台は1984年のアメリカ西海岸。もとフラワーチャイルド、そのまま年を重ねた中年ヒッピーダメ男のゾイド・ホィーラとその娘のプレーリィが、別れた妻にして母である女性をいまさらながら追いかけることになる話――だったはずだが、さまざまな種類の変人たちが入れ替わり立ち替わり登場するたびに、話はゾイド父娘に関係あったりなかったりするエピソードに律儀に付き合って脱線していくから小説はどんどんふくれあがる。この書きぶりは病気のようにも見える。

・よく食べよく眠る。


■ 8月12日(水)

・実家に帰るたびに小学1年から高3まで使っていた学習机の抽斗をぜんぶ開けてみるのはもうやめたほうがいい、だってそこにあたらしいものはない、と思ってはいるのだが。

・ためしに『ヴァインランド』から一節を引用してみる。ゾイドの元妻、プレーリィの母であるフレネシの話をしているうちにその母(プレーリィの祖母)の話になり、さらにその父(プレーリィの曾祖父)の話にさかのぼるところ。
《[…]父ジェス・トラヴェラーズはヴァインランド、ハンボルト、デル・ノーテ三郡にまたがる組合を組織している最中、雇用者協会のまわし者、クロッカー・“バッド”・スキャントリングの仕組んだ事故に遭い、不自由な体にされていた。「見せしめ」は、地元の野球大会の最中、多くの木こりたちの目前で起こった。中堅手のジェスのところに、フェンスのすぐ外に立っていたレッドウッドの老木が突然倒れてきたのである。スタンドにいた観衆でノコギリの音を聞いた者はいなかったし、くさび止めが外されるのを聞いたという者もいなかった。ギギギというスローな音が観衆の可聴域に達し、豊穣な茂みの中から抜け出るように一本の巨木が倒れ始めたときも、誰からも声ひとつ出なかった。アーッ! という叫び声がジェスに届いたその瞬間、彼は反射的にダイブして一命は取り留めたものの、歩行能力はついに戻ってこなかった。大木の幹は彼の両の足を潰し、半身を土の中に埋め込んだのである。その日、おそらくは協会の罪の意識のゆえだろう、車の中にマーケットの紙袋で包んだ現金が置かれているのが見つかった。それから先はわずかな年金と、保険会社からきた何枚かの小切手が収入のすべて。子供三人を養っていける額では到底なかった。ジェスは訴訟を起こしたが、そんな「悲運」の弁護を任される者に、ジョージ・ヴァンデヴィアのような働きが期待できようはずもない。スキャントリングの罪は追求できぬまま、事件は早々の決着を見た。》pp114-5

 長い引用だけど、詰め込まれている内容からすれば、これくらいの分量ではむしろ短いと思う。短いというか、すごい早口
 短篇1本になりそうな材料を「あらすじ」程度に圧縮し、なぜそこまで、という猛スピードで駆け抜ける。《半身を土の中に埋め込んだのである》なんてところは、ワイリー・コヨーテの類のアニメへの連想を利用してスピードを上げている。

・そんなピンチョンの、おそらくは相当にしっちゃかめっちゃかな文章を日本語に移し換えようと奮闘したうえに、60ページ・300項目の巻末ノートを付けてしまった訳者・佐藤良明の営為は何と評せばいいのだろう。変幻自在? 博覧強記? 私は「変態的」というのがいちばん合ってると思う。


■ 8月13日(木)

・朝、5時半に起こされて墓参り。なぜこんなに早いのかと思うが、舗装もされてない山道を登った先、イメージとしては朝靄がけぶりさえする杉林の真ん中にある墓地に着くと、すでに何組もの先客が墓参り中。この人たちみんな、なぜこんなに早いのか。(答え:農家だから)

・夜、『ヴァインランド』を読む。
 たとえばこういう部分がある。このあたりの主語はラルフ・ウェイヴォーンという地元の実力者(イタリア系のマフィア的存在)で、今日は娘の結婚式、というところだが、話は列席する長男のラルフ・ジュニアのことに流れていく。
《「一つ大事なことを教えておこう」自分の名をゆずった息子の十八歳の誕生日に、三年早く成人のパーティーを催したのは、当時、あらゆる問題を引き起こす才能が息子の中で開花しつつあったのを思えば適策であったといえる。「我がファミリーはな、全額の出資を受けた子会社でしかないのだよ」と、ラルフはその日告白した。「何に手を出すにせよ、そのことだけは忘れちゃいかん」
「なあに、その全額ナントカっていうの」ジュニア君にはチンプンカンプンの話である。以前のウェイヴォーン氏であったら、ここで肩をすぼめて、そのまま黙って歩き去り、ひとり絶望の味を噛みしめたことだろう。この日二人がいたのは地下のワイン置場であって、ボトルの間に息子を一人置き去りにしてもよかったのだが、このときのラルフは懇切丁寧に、ウェイヴォーン一族には厳密に言って自前の財産など何一つないのだと説明してあげた。わが家はとある企業[コーポレーション]に買い取られていて、その会社から年間の活動費を得ているだけなのだと。
「英国の王室みたいなものだってこと?」
「長男よ」ラルフはグルリ目玉を回して、「妙なたとえはせんでくれ」
「で、ぼくはチャールズ皇太子」
「テスタ・プンティータ。お願いだ。」》p140

 最初の一文がえらく強引に圧縮されており、そのような無茶な駆け足で、話がいきなり過去に飛んでいることにも注目である。
「そんなのふつうじゃないか」と思われるかもしれないが、そしてたしかにそれはそうだが、こういう圧縮による時間ジャンプのめまぐるしい繰り返しが、ときおり発生する、ふつうを越えるジャンプの下地を作っているのもまたたしかなんである。


■ 8月14日(金)

・朝から、めずらしく頭痛に悩まされる。後頭部の下のほう、首があたまにつながるあたりがズキズキ痛い。場所からして痛といっていいのか微妙。
・「延髄切り」というネーミングは真におそろしいなと思いながら夕方に帰京。
・『ヴァインランド』は読んでいない。



ヴァインランドヴァインランド
(1998/12)
トマス ピンチョン

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