2009/07/25

猿、ネームプレート、熊


 テレビで見た「藤子・F・不二雄大全集」のCMが、往年の「藤子不二雄ランド」を思わせて泣ける。ろくに買ってもらえなかったのに。「今月はこの3冊!」


《「あたしたち、どのみちそれくらいしか能ないでしょ?」と彼女は言った。「抽象的な話をやりとりするだけ。喋って、また喋って」。》

「モンキービジネス」のvol.6 箱号を買ってきたら、リチャード・パワーズの短篇が載っていた。「七番目の出来事」。これ、2年前に『囚人のジレンマ』が出たときのイベント→これで朗読されたものだ。あのときはぜんぜん内容をつかめなかったのであわてて読む。
 読んでもよくつかめない。
 パワーズは短篇でも大きい。そのうち読み直して感想を書く。


宮沢章夫の「富士日記2.1」を見ていたら、気になる記述があった。
「Jul. 17 fri.」分。
ところで、河出書房の編集者が、こんど発刊が予定されている、あの、横光利一の『機械』を12年間近くにわたって読んだ連載をまとめた単行本について、エッセイのような、批評のような体裁をしているが、しかし「小説」ではないかとメールに書いてくれ、とてもうれしかった。しかも、「後藤明生」さんの作品群を思い出したとさえ書いてくれ、それは身に余る、というか、むしろ申し訳ないほどの言葉である。なぜかわからないがしばしば言われる。『サーチエンジン・システムクラッシュ』もそうだった。

 10年くらい前に(!)この人の書くものを読むようになったころから、“毎月毎月、横光の「機械」をただただ読み続ける連載”のことはたびたび言及されていて、「そんなことをしている人がいるんだ」「てか、そんなことをやっていいんだ」ということじたいがおどろきだったが、そのくせ掲載誌を見たことは一度もなく、いつか1冊にまとまるのを楽しみにしているうちに“マルクスの『資本論』を読み続ける連載”が先にまとまったりして→これ期待はなおさら高まっていたから、「機械」のほうもいよいよ読めるかと思うと楽しみでならない。
 考えたら、こんなにも出るのを待っていた本はほかにない。厚ければいいなと思う。
 で、刊行はいつなのか河出書房新社のサイトをのぞいてみると、もうすぐ出る本リストのなかには入っていなかったのでまだちょっと先のようだが、10年待ったあとではそれが何だというのだ。よろこんで待つ。厚ければ厚いほどいいなと思う。


■ で、その河出のサイトで、タオ・リンの『イー・イー・イー』は8月10日に出ることを知った。訳者は、おそらく日本で最初にこの小説を紹介した山崎まどか。(→「ユリイカ」2008年3月号。ここの下のほう)
 とにかくあのときの紹介があまりによかったのでもう一度貼ってしまう。
《―― これは今の日本で受けそうですよね。高学歴低収入の男の子が主役で。彼は故郷に帰ってピザ・ハットで働いているんですけど、やさぐれていて、ジュンパ・ラヒリがすっごく嫌いなの(笑)。別れちゃった女の子のこととかうじうじ考えている合間合間に「ジュンパ・ラヒリ、何だそれは? 名前か?」とかジュンパ・ラヒリへの呪詛が出てくる(笑)。そんな感じで田舎で暮らしているうちに、急に熊がでてきて、車のドアをはずされて地下の国に拉致られちゃう。それで熊の住んでいる地下世界にはイルカも住んでいるんですけど、その熊とイルカがやたらと彼の日常にからむんです。イルカは生きる理由が見つからないとかそういう形而上的な悩みですさんでいて、いろんなセレブリティーを誘い出して殺しているんです。ウォン・カーウァイとか(笑)。うまく説明できないんですけど、一種の青春文学なんですね。》

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