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幽霊/-じゃないし (5)
The Complete Dramatic Works

前回…

 ベケット、"Ghost Trio"(「幽霊三重奏」)を読み終わったので、次に読むのは――と、どうしてベケットを読んでいたのかには理由がある。
 
 もう2週間くらいまえの話、宮沢章夫さんの富士日記2.1を見ていて、ベケットの芝居を上演している「ベケット・カフェ」というグループ(?)が、6月の12・13・14日に公演を行うというのを知ったのがきっかけだった。
 作品は「幽霊三重奏」(Ghost Trio)と「あたしじゃないし、」(Not I)の2本立て。14日の日曜なら行けそうだったのでチケットを予約した。
 その時点で考えていたのはこういう順番。

 (あ) 部屋にある戯曲集で"Ghost Trio"を読んでみる
 (い) その感想を書きつつ、"Not I"を読んでみる
 (う) その感想も書いてから、14日、舞台を見にいく
 (え) その感想まで書く

 結局、"Ghost Trio"を読んで感想を書くことまではした。それが前回までの更新分。しかし次の"Not I"にはどうにも歯が立たなくて、ぐずぐずしているうちに14日になっていた。
"Not I"、すらすら読める人もいるんだろうが、私には無理だった。ちなみに、こんなである。“口”という登場人物が(というか登場人物の“口”が)最初から最後まで喋り続けていることだけはかろうじてわかる。ぜひともリンク先をひとめ見ておいてほしい。
 
"Not I"は読めないし、"Ghost Trio"の感想も最初の1回分しかアップしてないし、と中途半端な状態ながら、しかしそんな私の事情はどうでもいいので、晴れた日曜の14日、中央線に乗って会場である中野テルプシコールにいってみた。
 中野の駅を南口から出て、ネットで見た地図を思い出し、線路沿いのまっすぐな道路を高円寺のほうへ歩いていくと、そのうち人の並んでいる一角が見えてきて、遠目にもそこだと知れた。日記風に書いているが、今日は21日だから、ちょうど1週間まえだった。
 小劇場とかに不慣れな私には、中野テルプシコールは外観からして迫力あふれる建物で、その時点でもう楽しくなっているのだが、玄関のような入り口でお金を払い、自分のスニーカーをナイロン袋に入れてもらうあたりでうれしくて仕方がなくなった。むろん席は狭い。席というか、幅の広い階段にぎっしり座る。いただいたパンフレットをちらちら読んでいるうちに満席になり、100人は越えていたと思うけど、うしろを向けない(うしろの人と近すぎる)ので人数はよくわからない。やがて満席も超過して、舞台を侵食するように座布団が並べられる。
 劇の上演を見るだけではわからないはずの、"Not I"の冒頭でト書きにあるのはこんな指示だった。
舞台の上は、“口”(MOUTH)以外は真っ暗。“口”は舞台奥、客席から見て右側、8フィートくらいの高さに。ごく近く、下から口にだけかすかに照明。顔の残りは影。マイクは隠す。
“聞き手”(AUDITOR)は舞台の手前、客席から左側に。長身。立っている。性別はわからないようにする。頭から足元まで、フード付きのゆるい外衣をすっぽりかぶる。全身にぼんやり照明。約4フィートの高さの、見えない台の上に立つ。舞台右奥の“口”と斜めに向き合う姿勢だけで、話を聞く様子を表現する。最後までぴくりとも動かない。例外的に、指示のある4ヶ所で少し動作。注を見よ。
場内の照明が暗くなるのにつれて、“口”の不明瞭な声がカーテンのうしろで始まる。照明が消える。カーテン越しに聞き取れない喋りが続く。10秒間。カーテンが上がり始めたら、台本をもとにうまくアドリブで喋り、上がりきって客の注意を引きつけたところで――

 その日の中野テルプシコールにあらわれた“口”は、たしかに口以外を黒い布で隠した女性で、顔の半分以上を覆うその布の下に、ボリュームのあるもじゃもじゃの黒髪がむりやり押さえこまれていた。舞台の右奥に用意された2メートルくらいの脚立をとんとんのぼってその上に立つと、下から脚立を包むようにして大きいゴミ袋のような黒ビニールが渡され、女性はそれを体のまわりに貼りつけた。クリスマスツリーを真っ黒にしたようなおかしなものの頂上近くに、口とその周囲の肌だけがのぞいている。
 対する“聞き手”の女性も、赤サビの浮いた四角い台の上に立って“口”のほうを向いていた(つまり客席には背を向けている)。こちらは口だけを黒布で覆っていた。髪はくすんだ金色だったかな。
(記憶だけで書いているので、事実とちがったかも知れない。以下同じ)

 観客の前でそこまで準備がすむと照明が暗くなり、“口”がおもむろに喋り出すのは、どこかの不幸な女性の一生らしかった。ものすごい早口の、切れ切れでまとまらない言葉でもって、その女が生まれてすぐ親から捨てられ、だれとも口をきかずにひとりぼっちで暮らし、長じて60才だか70才になったとき何ごとかに遭遇した、というような話がまくしたてられる。
 怒ったり、あざ笑ったり、繰り返しの多い譫妄状態の独白の合間合間に、いや誤解しないで、いま話に出しているのは「あたしじゃないってば!」「あの女のことだってば!」と絶叫が入る。
 舞台左手前方の“聞き手”はずっと“口”のほうを向き、いっさい喋らないまま、ときどき“口”の言葉に押されるみたいにして体をくねる。“口”の言葉に反応しているようなんだけど、その“聞き手”の反応が“口”に届いているのかどうかはわからない。いかんせん、“口”に目はないようだし。しかし、“口”はときおり「え? なに? ちがうちがう、あたしじゃない!」みたいに喋るので、耳は聞こえているようだから、お互いに反応し合っているのかもしれない。そうではなく、一方的に喋るのと、好き勝手に身をくねらせる2人の女が舞台の上にいたのかもしれなかった。
 かいもく意味のわからない状態で、おそらく20分ばかり“口”がノンストップで喋り続け、たしか、そのまま終わった。
 今回の台本は、岡室美奈子さんという専門家が訳し下ろしたものだそうで、まるっきり現代の言葉、すばらしく軽くて痛い喋りになっていた。軽いというより、安いの。ひとやま五十円くらいの極安の言葉。切実に喋れば喋るほど、絶望的に安くなり、安いからなおさら絶望的になって、聞いているこちらは笑ってしまう。終わりに近づくと「神さま?」とか言い出して、もうさっぱりわからないながらもずっと引き込まれた。従来の訳を知らないが、これはよかった。もういちど聞きたい。それが無理なら文字で読んでみたい。演劇誌でも文芸誌でも、単発でいいから載らないものだろうか。
 どんな舞台も非日常空間なんだろうけど、そういう、予想していた非日常空間からもはみ出していたような20分。「いや、ベケットならふつう」なのかもしれないが、私ははじめてだったから、自分たち客席にいる全員が聞き手なのに舞台の上にも“聞き手”がいるのは何でだろうとか、これを神妙な顔で見ているわれわれは何なんだろうとか、かなり素朴なことを面白がりつつ、いま思い出しても奇妙な時間を過ごした。見に行ってよかった。

 書きたいままに書いたので順番が狂ったが、この日の上演は「幽霊三重奏」「あたしじゃないし、」の順だった。「幽霊三重奏」については次回書く。
…続き



*「ベケット・カフェ」のブログはこちら
 「vol.2」になっているのは今回が第2回めの公演だったからだと思う。
 きっとあるだろう「vol.3」にもぜひ行ってみたい。
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