趣味は引用
幽霊/-じゃないし (4)

前回…

 ベケット"Ghost Trio"(「幽霊三重奏」)、第3幕の続き。

 男がドアを開けると、そこにいたのは――
開いたドアの先、廊下に立っている少年の全身像。黒いカッパを着て、フードは雨に濡れ光っている。

 いや、いやいやいや。意外すぎて笑った。そんなやつのことは聞いてない。
 最初にあった、細かい舞台設定や登場人物(「女の声」と「男」しかない)の載っているページにも書いていなかったんだから、本当にいきなりの登場である。声を出していた女とも、その声のなかで触れられていた「彼女」とも結びつけようのないキャラとして、子供は予想してなかった。
少年、カメラには映らない男の方に、白い顔を向ける。5秒間。小さく首を振る。顔はあげたまま。5秒間。もういちど首を振る。顔はあげたまま。5秒間。くるっと背を向けて、去る。遠のく足音。少年がゆっくり離れ、廊下の端の闇に消えるまで、同じ位置から撮影。誰もいなくなった廊下、5秒間。

 ふつうに考えたら、男が少年に何か尋ねて、それに対するレスポンスが少年の「首を振る」動作なんだろうと思われる。
 ここまで繰り返されてきた、男の落ち着かない身ぶりを、周囲に何かの気配をかんじているせいかもしれないと私は受け取ってきた。
 いま、少年がやって来たのを読んで、男ははじめから少年を待っていた、それでずっとそわそわしていた、というふうにも考えられるようになった。
 少年は何かを伝えに来たのだろうか。
 その内容はぜんぜんわからないが、「首を振る」んだから(しかも二度)、男の予想・期待に対する否定的な知らせだったんじゃないかと思われる。それはなんだ。
 だいたい、男が待っていたのはこの少年なのか。別の人を待っていたのに(たとえば「彼女」)、代理で少年がやって来て、「その人は来られなくなった」くらいのことを伝えて帰っていった…… あ、でも、少年は来てから去るまでずっとカメラに映っていて、口を開く指示はないから男に何かを説明するわけではない。「首を振る」だけで伝えられる、両者わかったうえでの何かの結果をもたらしたと考えるほうが自然かもしれない。
 
 もっとも、ぜんぶ想像だし、それ以前の問題として、こんなふうに“動作のうしろには当然なんらかの意味がある”と考えてしまってよいのか、というところから不明である。
 男はただ指示されるままに部屋のなかを移動し、たまたまついている廊下に少年が顔を出して単純な仕草をするだけ、そこに一切の事情はないのかもしれない。つまり台本に書いてあるからそう動いているだけ、と。
 
 疑心暗鬼の私をよそに、男は再び、カセットを手に椅子に座る。カメラは全景に戻り、うつむいた男の頭が映って、大きくなった音楽は曲の最後まで続く。
静寂。男、顔をあげる。顔がはっきり見える(2回目)。10秒間。

 カメラはまたゆっくりと全景に戻ってフェイドアウトする。
 "Ghost Trio"(「幽霊三重奏」)はこれで終わりである。

…続き



The Complete Dramatic WorksThe Complete Dramatic Works
(1990/10)
Samuel Beckett

商品詳細を見る
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック