趣味は引用
幽霊/-じゃないし (3)

前回…

 ベケット"Ghost Trio"(「幽霊三重奏」)の続き。

◎ 第3幕(Re-action)

 第1幕と第2幕はどちらも2ページずつだったが、第3幕は3ページある。
 ここでは、なんと「女の声」がない。前回までの引用部分では、女の声と区別するため、ト書きは斜体にしていたんだけど、以後はもうト書きしかないので、ふつうに書き写す。
第2幕最後の「繰り返して。」からすぐ続く。近いカメラでとらえた、ドアと男。音楽が聞こえる。5秒間。
頭、手、カセットと順にアップ。少しだけ大きくなる音楽。5秒間。
音楽が止まる。第2幕の2番めと同じ動作(男ははっと顔を上げ、かがんだままドアのほうに向きを変え、動きを止める。)。5秒間。
第2幕の4番めと同じ動作(男、最初の格好に戻り、カセットに身をこごめる。)。音楽、再開。5秒間。

 こんなかんじで、第2幕にあった動作が反復される(○番め、というのは、実際の台本だとぜんぶに細かく付いている番号)。
 ただし、第2幕だとだいたい全景カメラから撮っていたのが、第3幕では近いカメラの映像を使う、という点がちがっている。だから、まったく同じ映像はないんだと思う。
 そしてだんだん、はじめての展開が出てくる。
近いカメラからのショット。椅子、カセット、右手でドアを開けている男。5秒間。
ドアから廊下が見える。グレーの壁に挟まれた、長くて狭い、グレーの長方形(0.7m)。何もない。向こうの端は闇の中。5秒間。

椅子に置かれたカセットを、上からアップで。小さなグレーの長方形が、大きなグレーの長方形である椅子に乗っている。5秒間。

 即物的すぎて、逆に思わせぶりになっている。なんだかドキドキしてしまう。
窓を開けるきしみが徐々に大きくなる。静かな雨音。

 おお、
窓から外のカット。夜。明かりはほの暗く、雨が降っている。雨音がほんの少し大きくなる。5秒間。

 おお! なんかいいかんじである!
 ……でもやっぱり、部屋のなかに戻る。窓は閉まる。何も私だって、ほんとに幽霊なり「彼女」なりが登場すると思っていたわけではないが、ちょっと高揚しただけに残念である。高揚したんだからそれでいい、というのはたぶん正しい。
 それから壁際の布団がなめるように映されたりするので、やっぱり男と「彼女」には何かあったのではないかと考えたいが邪推かもしれない。そうであるともないとも、どこにも書いてない。

 このへんで第3幕の半分である。
 大きな動きではないにせよ、男は動いているし、男が止まっているあいだもカメラは動いているわけで、けっこうぐねぐねと気持悪い映像になっているのじゃないだろうか。
 あるいは「なめらかな映像」になるのかもしれないが、最初から立ちこめていた不穏な雰囲気が、何も起こらないためにずっと持続しているわけで、やはり不気味、気持悪いかんじになるように思う。
 それとまた、「女の声」が消えたこの第3幕で映像がいろいろ動くのは、まるでうるさい監督者がいなくなって、カメラが好き勝手にふるまっているような印象がある。いっぽう、何か厳密な規則に従って動いているようにも思う。どっちなのか、どっちでもないのか。
 「女の声」は、第1幕ではカメラに、第2幕では男に動きを指示しているようだった。映像作品としてできあがったものなら、「女の声」は声として聞こえ、それが第3幕から沈黙するわけだから、かなり大きく変わるわけなんだろう。
 しかしこうやって台本を読んでいるだけだと、「女の声」とト書きとでどうちがうのか、あんまりわからないようにも思う。「女の声」が命令し、命令によってト書きが生まれる、という段階がなくなるのはたしかにそうなのだが。
 じぶんで動くようになったカメラ、それが幽霊っぽいというのはまあ、あるにちがいない。私が読んでるのは、そのカメラへのびっしり細かい指示なんだけど、幽霊が指示通りに動いても悪くはない。
鏡のアップ。何も映っていない。小さなグレーの鏡が(カセットと同じ寸法)、大きなグレーの長方形である壁にかかっている。5秒間。

 で、ようやく男の顔が見える。たしかはじめてじゃなかったか。
鏡に映った男の顔のクローズアップ。5秒間。目を閉じる。5秒間。目を開く。5秒間。うなだれる。頭頂部が鏡に映る。5秒間。

 どんなに地味でも、顔が見えたらさすがに緊張が走ると思うんだが、男はやっぱり最初の椅子に戻ってしまい、いつものポーズで動きを止める。
 しかしだ。
音楽が止まる。第2幕の2番めと同じ動作(男ははっと顔を上げ、かがんだままドアのほうに向きを変え、動きを止める。)。かすかに近づいてくる足音。止まる。小さな音がドアをノックする。5秒間。もう一度ノック、やはり小さい。5秒間。

 男がドアを開けると、そこにいたのは――というところで続く。

…続き



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