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2009/02/23

(5) ミルハウザー「新自動人形劇場」の続きの続き



 エリーゼ嬢でもってモデルの「完璧な再現」を成し遂げたハインリッヒが、このあとどのような方向に進むかは予想がつくといっていい。
 すでに「完璧な再現」は済ませてしまったのだから、これからハインリッヒは、かつて手品師の人形で一度だけ犯してしまった「モデルを超えた人形」に再び向かうのではないか、と。
 だって、もしその道を選ぶのでなかったら、残されているのは、モデルを忠実に再現するのでも超えてしまうのでもない、つまり、「モデルのない人形」というおかしなものになるほかないからだ。
 ところが実際にハインリッヒが選んだのは、その奇怪きわまりない、「モデルのない人形」なのである。

 エリーゼ嬢で名声をほしいままにしたハインリッヒは、同じ完成度の人形で公演を次々に成功させる。
《革新というものをすべて、つねに破壊的だとして忌み嫌う者たちですら、しぶしぶ賞賛の念を表わさずにはおれなかった。結局のところこの若き名匠が成し遂げたのは、入念な模倣、という由緒ある流れをさらに一歩推し進めることだったのだから。》p128

 観客は熱狂し、彼の「魔法劇場」に登場する人形へ思い焦がれるあまり、身投げする者まであらわれた。しかし、
《三十六歳、過去十二年にわたって立てつづけに成功を重ねてきたハインリッヒ・グラウムは、突如沈黙に入った。》p130

 名匠が沈黙するのはよくあることらしいが、彼の完璧な沈黙は十年も続く。その間、何をしていたのかは不明である。工房にこもり、ひたすら人形を分解しては組み立てていたというのが“通説”だが、語り手はそれに反対している。
《私自身の、長い熟考の末に達した説は、十年にわたってハインリッヒ・グラウムは何もしなかった、というものである。あるいは、より正確には、何もせずに自動人形芸術の本質をたえず考えていたと言うべきか。》p133

 ともあれ、ハインリッヒは帰ってくる。戸惑いと期待を抱えて「魔法劇場」に集まった観客たちは、三十六分間の公演のあと、さらに戸惑いを大きくして劇場を出ることになった。
《新しい自動人形たちは、ぶざまとしか形容しようがない。すなわち、古典的な人形の何よりの特徴である動きの滑らかさの代わりに、そこにあるのは、素人の作ったからくり人形のぎくしゃくとした唐突な動きである。その結果、新しい人形たちは、人間の動きをごく大雑把な形でしか模倣できない。優美さも欠いていて、古典的な自動人形芸術のあらゆるルールから見て不細工かつ醜悪である。彼らはどう見ても人間には見えない。実際、これら新しい自動人形たちは、何よりもまず自動人形に見える。これこそが、いまや新自動人形と呼ばれるに至ったものの根本的特徴にほかならない。》p135

 たいへんなのは、ハインリッヒの“新自動人形”が、ただの下手な作品ではないということだ。そのぎこちなさは、きわめて技巧的に突き詰められたぎこちなさである(と書いてある)。
 それになにより、以前とは大きなちがいがある。かつてのハインリッヒは、人形に、人間のものとしか思われない豊かな表情を与えていた。それによって彼ら人形は、人間の内面を宿し、それを巧みに表現しているということになっていたのである(表現→内面という逆転)。
 ところが今度の自動人形は別のものを表現する。
[…] グラウムの新しい自動人形たちは、苦しみ、あがく。これまでの自動人形に劣らず、魂を持っているように見える。ただし持っているのは人間の魂ではない。ぜんまい仕掛けの生き物、自己意識が芽生えたぜんまい仕掛けの生き物の魂なのだ。古典的な自動人形師は、私たちにミニチュアの人々を与える。ハインリッヒ・グラウムは新しい種族を創造した。彼らは自動人形の種族、からくりの一族である。創造主グラウムの精神によって宇宙に挿入された新しい存在である。彼らは私たちの生と並行した、だが私たちの生と混同してはならない生を生きている。彼らのあがきはからくりのあがきであり、彼らの苦悩は自動人形の苦悩である。》p136

 そしてこのあとに、この短篇で私が最高にしびれた一段落が続く。
《最近では、グラウムは大人の劇場を捨てて心の故郷たる児童劇場に回帰したのだという説が流行している。言わせてもらえばこれはとんでもない誤解である。児童劇場の人形たちは架空の生き物の模倣である。グラウムの人形たちは何の模倣でもない。彼らは彼ら自身でしかない。竜は存在しない。自動人形は存在する。》





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(2008/01)
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