趣味は引用
1月後半の本

 黒田硫黄の連作短篇、『茄子』が新装版になって再刊される(上下巻。下巻は2月発売)。
 その記念で、新作が「アフタヌーン」3月号に掲載――という情報を、ブログ「黒田硫黄の仕事」で知ったので、いそいそと買いにいった。
 
「きっとおそらく、だれかの後日談的な話だろう」「じゃあだれがフューチャーされるんだ」「それは3択、いや2択までしぼられる」「どっちになるんだろう」と一人で騒ぐ。
 上記ブログ記事にヒントが書いてあった気がするが、そこは見直さないことにして「アフタヌーン」本誌と付録を十字に縛りつけるヒモを切り、目次を確認、なかほどの16ページぶんをさがす。
 1ページめでおどろいた。
 こちらの「だれだれを見たい」という希望が、予想のひとつ上のかたちで、たしかにかなえられている。こういうのを後日談というのだ、という後日談。
「お前らはこういうのが好きね」と黒田硫黄に弄ばれている気もした。
 新装版の下巻にさっそく収録されるとは思えないので、全『茄子』読者はたぶん必読。


茄子 上 新装版 (1) (アフタヌーンKC)茄子 上 新装版 (1) (アフタヌーンKC)
(2009/01/23)
黒田 硫黄

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月刊 アフタヌーン 2009年 03月号 [雑誌]月刊 アフタヌーン 2009年 03月号 [雑誌]
(2009/01/24)
不明

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■ 奥泉光の新作長篇『神器 軍艦「橿原」殺人事件』(新潮社)を読んだ。
 乱暴にいって、奥泉光の小説は「謎の解決する話」と「解決しない話」に分かれる。今回はタイトルからしてきっと…… いやしかしどうだろう…… と思いながら読みはじめた。
 
 (★以下、内容に触れているかもしれません)
 
神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件   神器〈下〉―軍艦「橿原」殺人事件

 昭和20年4月、特命を帯びて出港する帝国海軍の巡洋艦「橿原」。その特命とは何か。そして「橿原」にまつわる怪事件とは。というか、目的地は。神器って、あの神器か。

 変な小説だった。

 後半に進むにしたがって、小説を引っぱるのは、太平洋戦争論を通した日本人論で、語り手の不思議なスライドだとか、時空のスキップ(どういうことだかまだつかみかねている)のような、ひねりまくった小説的仕掛けではなくなるように見える。
 逆に、単行本2冊ぶんのあいだ小説を(「橿原」を)あちこちに動かし続けるために、かずかずの謎と仮説だけでなく、戦争論・日本論を動力として載せた、というふうに見えなくもない。
 でも、ざっと一読したかぎりでは、後者より前者の気配のほうが濃厚だ。そういうものを読みたくて奥泉光の小説を手に取ったわけではないので、意外な気がした。
 話がどんどん上書きされて、「謎が解決する話」「解決しない話」に分けただけでは何にもならない、そういう小説なのはたしか。あと、「橿原」は「かしはら」と読む。

 最初、『レイテ戦記』とか『神聖喜劇』とかを読んでいないとわからない仕掛けがあるんだろうかと不安だったが、どちらも読んでない私には(あったとしても)当然わからず、それでも支障なく読めた、と思う。
「橿原」はピークオッド号でもあったのか、というのは私が『白鯨』は知っていたからそう思うわけだが、それだって、知らなくても読めるはず。


■ それでちょっと気になって、積ん読していた吉田満『戦艦大和ノ最期』をおそるおそる読んでみる。
 大和の乗員として沖縄特攻に参加、沈没後、ぎりぎりで生還した作者による主観ドキュメント。作者はこれを「終戦の直後、ほとんど一日」で書きあげたという。
《終戦後、当局責任者ノ釈明ニヨレバ、駆逐艦三十隻相当ノ重油ヲ喰ラウ巨艦ノ維持ハイヨイヨ困難ノ度ヲ加エ、更ニ敗勢急迫ニヨル焦リト、神風特攻隊ニ対スル水上部隊ノ面子ヘノ配慮モアッテ、常識ヲ一擲、敢エテ採用セル作戦ナリトイウ》p43

 全篇が漢字+カタカナの文語体で書いてあるので「読みにくい本だろうな」と予想していたが、じっさいめくってみると、そこにはすぐ慣れる。そういう表面的な理由を越えたところで、「これは特攻である」とわかっていて出発するという状況があんまり遠すぎて、やっぱり読みにくい。
《「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ
日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」》

《兵学校出身ノ中尉、少尉、口ヲ揃エテ言ウ 「国ノタメ、君ノタメニ死ヌ ソレデイイジャナイカ ソレ以上ニ何ガ必要ナノダ モッテ瞑スベキジャナイカ」
学徒出身士官、色ヲナシテ反問ス 「君国ノタメニ散ル ソレハ分ル ダガ一体ソレハ、ドウイウコトトツナガッテイルノダ 俺ノ死、俺ノ生命、マタ日本全体ノ敗北、ソレヲ更ニ一般的ナ、普遍的ナ、何カ価値トイウヨウナモノニ結ビ附ケタイノダ コレラ一切ノコトハ、一体何ノタメニアルノダ」》pp46-7

 読める日本語で書いてあるだけに、書かれていることがさっぱり分からないという点で、えがたい読書だった。戦闘がはじまってからは「おそろしいおそろしい」の一言で、むしろすらすら読める。


戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫)戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫)
(1994/08)
吉田 満

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■ 東大法科を出て幹部候補生の試験をパス、海軍少尉として大和に乗った人の本だけではバランスが悪いように思ったので、続けて田中小実昌『ポロポロ』を読みなおした。
 下っ端の下っ端の一兵卒として、赤痢やらマラリアやらに苦しみながら大陸をあちこち行軍させられた体験にもとづく短篇集。
 田中小実昌の書くものは、二重の意味で吉田満とちがう。出てくる兵隊には戦う意思がないし、反戦の意思もない。意思というものが感じられない。
 自分のことを最低の兵隊という田中小実昌は、じっさいにあった出来事をまとめると物語になってしまうことについてだけ、頑固に抵抗する(体験じたいが物語じゃないか、みたいなことまで言う)。
《よけいなことだが、あのころは、戦争に負けたことへのくやしさ、なさけなさといったものは、上級の兵隊と初年兵とではうんとちがってたはずだが、当時の初年兵に、今たずねたら、上級の兵隊だった者と、あまりかわらないことを言うのではないか。それにぶつかったとき、自分が感じたこと、おもったことが、だんだんにかたちを変えて、つまりは、世間の規格どおりみたいになるのだろう。これはふしぎなことだが、世間ではあまりふしぎにはおもってないようだ。ま、そんなふうだから、こんなことにもなるのか。》「北川はぼくに」 p59

《[…]大尾はいたけど、やはり病気だった。
 しかし、ぼくは、大尾が病気でなかったら、などとはおもわなかっただろう。友人のアパートをたずねたら、友人が風邪をひいて寝ており、病気でなければ、いっしょにどこかに遊びにいったのに、とおもったりすることはある。
 だが、げんに大尾は病人で、しかも、ひどい病気のようなのだ。そんな大尾を、もし元気だったら、などとおもうわけがない。そんなふうにおもう、おもえるのは、そこに大尾がいない、つまり物語のなかだけだ。あのとき、ぼくは、大尾が元気だったら、なんておもいもしないし、おもえもしなかっただろう。げんに、そこに大尾がいて、ぼくといっしょにいても、ぼくは、大尾とぼくの物語をつくるかもしれない。だが、大尾とこうしているんだから、物語なんかつくらない、つくれないといったこともあるにちがいない。
 しかし、物語は、なまやさしい相手ではない。なにかをおもいかえし、記録しようとすると、もう物語がはじまってしまう。》「大尾のこと」 pp220-1

 たいへんな下痢の話が多いので、食事しながら読むのだけはおすすめできない。

ポロポロ (河出文庫)ポロポロ (河出文庫)
(2004/08/05)
田中 小実昌

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■ ついでにヴォネガットの『スローターハウス5』も思い出す。
 思い出すにあたって私のなかには、
 
ヴォネガット → 『スローターハウス5』 → トラルファマドール星人・ドレスデン・「そういうものだ」etc.
 
 みたいな一直線のリンクができている。「→」は瞬間のつながりで、ほとんど同時。そこに時間はない。だから『スローターハウス5』といわれれば、「あれはいいよね」と反射的に答える。
 でも、『スローターハウス5』にかんしていちばんうなってしまうのは、ヴォネガットが戦争体験をこの小説にまとめるまでに、24年の時間がかかったということじゃないだろうか。24年間を実感するのはまだ難しい。しかも当人は「まとめられた」なんてぜんぜん思っていない。

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)
(1978/12)
カート・ヴォネガット・ジュニア

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■ そんなふうにして、この寒いのに8月みたいなテーマの芋づる読書をしている最中に、なんの偶然か、ようやく古本で伊藤計劃『虐殺器官』を見つけたので、続けてこれを読んでいる。
 なんというか、いろんな人がいていろんな本があります。

虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)虐殺器官 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
(2007/06)
伊藤 計劃

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