趣味は引用
「モンキービジネス」 2009 Winter vol.4 の続き
前回分…

 特集以外のページでは、岸本佐知子がいよいよすごかった。「あかずの日記4 八月 タカシ」
「あかずの日記」はvol.1からの連載で、
《八月一日
 明け方、夢の中で甘栗屋の店先に立っている。釜の中でぐるぐるとかきまわされ煎られているたくさんの栗のなかに、もう何百年とすくい上げられることを逃れて回りつづけている長老の栗があり、それがすくい上げられるとき世界が滅亡することを私だけが知っている。私はそのことを甘栗屋に教えようとするのだが声が出ない、焦って口をパクパクさせていつまでも店先に立っていると甘栗屋が私をにらみ「お客さん、買うのか買わねえのか」とすごむ。》p120

 こういうものを楽しく読んできたのだけど、つづく121ページ、「八月二日」からの記述にはドギモを抜かれた。あの岸本佐知子が。育児日記を。鬼気迫る妄想なのか、凝縮された悪意なのか。とにかく私は「離陸する瞬間」を見た気がする。しかも読んでいくと次第におかしくなっていくのだが、おかしくならないまま終わっていたら、それがいちばんおそろしかったにちがいない。
 連載のバックナンバーとも微妙にからみあう展開を見せて、この「日記」はどこまでいくのだろう。できることなら500日ぶんくらいまとめて読んでみたい。帰ってこれなくなると思う。
《ここ「区立まよなか幼稚園」は深夜に開く幼稚園で、不眠症の園長によって営まれている。

  よいこはみんな しっている
  ひるよりよるの うつくしさ
  よるのにおい よるのかぜ
  きのこのほうしの めぶくおと
  おわあこんばんは おわあこんばんは
  みんななかよし なかよしのその
 
 これは「まよなか幼稚園」の園歌。》p125

 なぜか泣きそうになっている自分におどろいた。あ。それと、もしかして、「少年少女号」にもかかっているのか?
 
 
 ナサニエル・ホーソーン「死者の妻たち」(柴田訳)

 メルヴィルと同時代のアメリカ作家、ホーソーンの短篇。これは以前、このときのイベントで朗読された翻訳だと思う。おぼえてないけど記憶はあった。記憶はあるけどおぼえてなかった。
 話じたいは何ということもない(いい話です)のだけど、読みすすめる最中の妙な楽しさは文章の運びからくるんだと思われる。まわりくどさが一周まわって面白い、というか。
《これほどの哀しみに対して、少しでも慰めがありうるとすれば、それはたがいの胸のなかに見出されるものと二人とも思っていた。二人は心をつなぎ合わせ、共に無言で泣いた。けれども、一時間そうやって悲しみに暮れた末、姉妹の一方の、穏やかで物静かな、しかしひ弱ではない性格ゆえに感情を抑えることにも長けた方が、あきらめと忍耐をとくもろもろの教訓を思い出しはじめた。それらの教えは、まさか自分にそんなものが必要になるとは思ってもいなかったころ、信心深さのおかげで自然と頭に入ったものであった。》p161

《少しのあいだ、まどろみが朝靄のように彼女の周りにたちこめ、あたりの輪郭をくっきりと見てとることを妨げていた。不完全な意識とともに、せわしい、熱のこもったノックの音の連なりが二、三度響くさまに彼女は耳を傾けた。はじめはその音が、自分の吸う息のように当たり前に思えた。その次は、自分には何の関係もない音だという気がした。そしてとうとう、それが応じるべき、呼び出しの音であることに気がついた。と同時に、記憶が戻ってきて、痛みが彼女の心を刺した。》p166

 メルヴィル同様、作者当人にどこまで「まわりくどく書く」意識があったのか謎である。まわりくどいと受け取るのは現代の私の感性にすぎないのか。じゃあ、今の目でみれば、ホーソーンたちはあたまのなかがまわりくどかったのか。生きにくいだろう、それは。
 そういうことを考えるのがまた楽しい。まちがっている気もするが。
 こんどはエマソンのエッセイなんか訳してほしい。


 マイケル・エメリック「偐紫田舎源氏――こたつ向け読書案内」

 私はこのタイトルを「偐・柴田・舎源氏」と読みまちがえて、「何シバタだよ」と軽く突っ込んだのだけど、『偐紫田舎源氏』[にせむらさきいなかげんじ]とは、《『源氏物語』を取り入れ、十九世紀の一般読者が初めて『源氏物語』の世界に間接的に触れることができた作品》なんだそうで、出たのは1829-42年。豪華な絵と文章を組み合わせた「合本」なるジャンルの物語らしい。
 これがいかに楽しく、たくらみにみちた本なのかを、マイケル・エメリックはほんとうに面白そうに語るので、紹介されている部分のほかも、もっとのぞいてみたくなった。でも、絵と文がいっしょになっていて、しかもかんたんに入手できるテキストはないんじゃないだろうか。それでも、想像するだけで楽しい本というものはある。
 マイケル・エメリックは日本文学の専門家で、高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』を英訳したり(Sayonara, Gangsters)、阿部和重の『シンセミア』文庫版に「解説」を書いたりしている。


 アレクサンダル・へモン「アコーディオン」(柴田訳)

 群衆と秘密警察のなかを走り抜ける、皇太子の馬車。
《「妙な人民だなあ」と皇太子は考える。アコーディオンの男のことを妃に話してやろう、と皇太子は決める。聞いたら妃も元気が出るかもしれない。
「アコーディオンを持った男がいるよ」と皇太子は皇太子妃の耳に告げる。まるで皇太子がうわごとでも言ったかのように、皇太子妃は縮み上がる。
「何? 何の話?」
 皇太子は妃の方に身を乗り出す。「アコーディオンをね……」》p100

 たった5ページに、歴史と、歴史の再構成と、家族の話が入っている。これ、もっと読みたい。作者はボスニア=ヘルツェゴヴィナ生まれだそうで、私は知らなかったが、すでに訳書もあった(→『ノーホエア・マン』)。これを読めばいいのか。


 この4つがとくに面白かった。もちろんほかにもいろいろ載っていて、毎号巻末にあるダニイル・ハルムスの短篇も面白く読んだ。
 創刊1周年になる次号vol.5は「対話号」だそうで、なにそのセンス。発売は4月20日とメモ。


モンキー ビジネス 2009 Winter vol.4 少年少女号モンキー ビジネス 2009 Winter vol.4 少年少女号
(2009/01/20)
柴田 元幸

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