趣味は引用
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
その17 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 Lot 49 の本文に戻る。具体的には「その11」の続き、第2章の冒頭――
She left Kinneret, then, with no idea she was moving toward anything new. (p13)

《それでキナレット市を出発したが、新しいものに向かっているなどという気は、まるでなかった。》p24/p27

 ピアスの遺産をめぐる探求がこうして始まる。始まったところで、たいへん当たり前のことを確認したい。
 原文にしろ訳文にしろ、このように小説を進行させる地の文が三人称の過去形であると、この文章は、それの描いている出来事が終わった時点から書かれている(語られている)ことになる。これがかすかに気にかかる。
 過去形のなかで、「出来事」はみんな「起こった出来事」の事後報告として表現される。もちろん、「文章」と別に「文章によって書かれる内容」があるわけはない。両者はまったく同じものだ。そのレベルでの話である。
 そして三人称とは、出来事の当事者を見つめるほかの視線が存在するということだろう。
 このふたつから、表現されているものと表現するもののあいだに距離があるように感じられる。距離とは、つまり、行動するエディパと、その姿を語る地の文とのあいだに開いたズレということになるだろうか。以上。

 めざすサン・ナルシソ市は南方に位置し、ロス・アンジェルスにほど近い。この街がピアスの本拠地だった。彼はここで土地の投機を始め、それを土台にして財産を築いていったのだった。エディパはこの街で帳簿記録を調べ、遺書によれば「共同執行人」であるメツガーという男に会うつもりでいる。
 このサン・ナルシソという都市は、そこならではの特徴を有する唯一無二の街ではなく、「人口調査の標準地域」とか「ショッピングモール」とかいった、よくある「概念の集合体」でしかないという。ほかと区別する便宜上、名前はついていても、それ以外にはほかと分けようがない典型的なカリフォルニアの街、しごく平凡な場所ということだろう。

 どこにでもあり、どこでもありえるそんな街に日曜日、ひとりレンタカーに乗って侵入するエディパは、あのピアスのお膝元だったという事実がこのサン・ナルシソに何らかのオーラを与えているのではないかと予想していたが、たとえそんなちがいがあるにしても、最初の一瞥では特に変わったものは見えなかった。
 何事も起こらない。エディパは丘の上から街を見下ろす。

…続き
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。