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2009/01/22

「モンキービジネス」 2009 Winter vol.4

モンキー ビジネス 2009 Winter vol.4 少年少女号
ヴィレッジブックス


 vol.3がサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』全訳を一挙掲載した「サリンジャー号」で、次のvol.3.5が『ナイン・ストーリーズ』についての「ナイン・ストーリーズ号」だった(ややこしいな)「モンキービジネス」の最新vol.4は、少年少女号である。

 まず目次を見る。巻頭を飾るのが、柴田元幸が少年時代を過ごした京浜工業地帯をスチュアート・ダイベックといっしょに歩いた日の記録文なのを知って、私は「ちょっと、これはどうか」と思った。
 というのは、「スチュアート・ダイベックと京浜工業地帯を歩く」というタイトルだけから何か「ノスタルジーの予感」めいたものを感じて警戒したのであり、人間だれでも、ひとりの例外もなく、少年(もしくは少女)だった時期をもつ以上、この「少年少女号」が、「(かつて自分が)少年(もしくは)少女(だった頃についての文章を集めた特集)」だったらなんかアレだぞ、という危惧を抱いたのだった。勝手だが。
 かくいう私じしんは、それこそ「どうか」というくらいむかしのことをおぼえていて、ささいなきっかけから喚起される記憶に浸っているだけで半日でも過ごすことができる。
 でも、それは自己愛である。
 そんな自分にうしろめたさ(こんなんでいいのか)を感じるし、そんな個人的回想が他人にとっても面白いとはぜったいに思えない。だから、「私はともかく、他人の記憶なんか知るか」という姿勢をとっておきたい。
 もっといえば、自分のむかしを思い出すのが好きなあまり、気を抜くと他人の思い出ばなしにでも共感してしまいそうな自分がいやなので、「それがたとえ柴田元幸であっても、他人の懐古趣味につきあうのはいやだよ」、と気を張っておきたいのである。

 しかし、よく考えてみれば、柴田元幸こそ、そういったうしろ向きなポーズのうさんくささ(過去に浸ることを通じて、こっそり自分を愛してしまう)に敏感で、そこから全力で逃れたがる人であった。

 いぜん読んだ『つまみ食い文学食堂』は、食べ物の出てくる小説と、食べ物にまつわる自分の思い出をつなげていくエッセイ集だったが、そのときの感想→これでも引用した、こんな告白がいまでも印象に残っている。
柴田 ……旨いものの話をストレートに書くと、結局自分を祝福することになるだけなんじゃないかなぁ。
都甲 何か悪いんですか。
柴田 ぼくの問題なんだけどさ(笑)。
都甲 それは、完璧にカウンセリングみたいですよ。
柴田 何であなたは自分を祝福できないんですかっていう、アメリカだとそういう話だよね。でも、子どもの頃、童話読んで豊かな気分になってた自分を祝福するみたいで嫌なんですよ。でも、給食のクジラを旨いなと言ってた自分は祝福したい気になる。
吉野 それは、給食だから。
柴田 そう、給食だからなんですね。》

 この人なら、まかりまちがっても、他人をまきぞえにして自己愛の落とし穴に落ちたりしないよう、全力で気をくばるんじゃないだろうか。
 そのように気を取り直して、ようやく、「スチュアート・ダイベックと京浜工業地帯を歩く」を読んでみると、それはこちらの危惧を2回転半くらいのジャンプでかるく飛び越えるものだった。

 大田区仲六郷の工業地帯そばに生まれ育った柴田元幸が、シカゴの下町に生まれ育ったダイベックに尋常ではないシンパシーを感じているというのは、これまでもあちこちのエッセイに書いてあった。かつては「これまでの訳書でいちばん好きなのはダイベックの『シカゴ育ち』、あれは他人が書いたと思えない」(大意)みたいなことを述べていたと思う。
 そんなダイベックを連れて、自分の思い出の風景のなかを歩く。目的が「いまの風景を見る」であっても、連れがいるからこそ、「むかしはこうだったんですよ」というかたちで、文章は容易にノスタルジーにすべり込みかねない。そこで柴田元幸は――ネタバレとかそういう話ではないと思うので書いてしまうが――、過去の自分を登場させる。
(1)ダイベックという他人、(2)過去ではない現在の風景、に加え、(3)シバタ少年までも一個の対象にすることで、視点はノスタルジーの外に出る。そうやって、思い出にまつわるふつうの自分語りよりもはっきりと自分のことを書きながら、考察しながら、なんとも周到に、ただの郷愁から身を引き離してみせるのだ。
 だからこの文章は、あきらかに思い出から発しているのに、うしろ向きな感じがしない。自分のことを書いているのにうしろ向きじゃない、というのはすごいことだと思う。過去の自分は意外と自分から遠い、というのが、私には発見だった。
《もちろん僕には、それが過去の僕だということがわかった。いまは平日の午前中で、過去の僕は学校をさぼるような度胸がある子供ではなかったが、たぶん彼がいる時間にあってはいまは平日の午前ではないのだろう。あるいは、時間の外に迷い出てしまっているのかもしれない。だから僕は、彼に声をかけて、これからお昼食べに行くから一緒に行こうよ、と誘うことに決めた。その方が、「かつての君(つまり僕)の目」でスチュアートがここを見ようとしてくれるのも、もっとやりやすくなるんじゃないかと思ったのだ。それに、過去の僕が一緒に行ったら、過去のスチュアートも出てきてくれるのでは……という期待もあった。》p13

 静かに、落ち着いて、しかしけっこう変なことを書いている。

 ながながと「私の勝手な危惧とその理由、それはいかに杞憂にすぎなかったか」を書いてきたが、この「スチュアート・ダイベックと京浜工業地帯を歩く」のあとにつづく「少年少女号」の特集部分を読んでみれば、べとべとのノスタルジーに浸るような人はだれもおらず、たとえ自分の“少年、もしくは少女”時代をネタに書かれたものであっても、ちゃんと距離があるし、あるいは(柴田元幸がしたように)相対化の工夫がされていた。
 すなわち、ここで少年少女について書いているのは、みんな大人だった。

 レベッカ・ブラウン「時代の子供」というエッセイ(小説?)にあった、このフレーズはかなり好きだ。
《お揃いの服を着ている子供は私も知っていたし、どこか悪いところでもないかぎり大きくなったらそういうことはしないものだとも承知していた。》p31

 作家たちから募った「好きな男の子・女の子」というアンケートでは、リン・ディンなんかは、アンケートの回答のくせに短篇のネタと見分けがつかないような文章を返してくる。
 同じアンケートで、長嶋有は尾辻克彦『肌ざわり』から小学生の「胡桃子」を挙げており、『電化製品列伝』を思い出したが、そのコメントは相変わらず目からウロコだった。

 ――だから結局、自分の思い出にこだわりすぎて身動きが取れなくなっているのは、この私だけである。端的に、不健全だ。そして、このようなことを書いているのも、不健全だ。
 本号掲載の、特集以外の作品についてはべつに書く。



(ちなみに、自分の過去のこと・思い出・記憶を書きながら、ノスタルジーには落っこちない、それどころか飛びこえてどこかに行ってしまう、そんな曲芸がもはや当たり前のようになっている書き手として、岸本佐知子がいる。あと、やっぱり記憶を扱いながら、記憶の立ちあがる原理まで扱ってしまうので、かけらもうしろ向きにならないのが保坂和志だ。タイプはちがうが、どちらも「自分から離れる」のだと思う)

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