趣味は引用
「髭の女、マダム・フォスティーヌ!」

 ↑タイトルは『モレルの発明』からなんだが、以後はふつうに更新していきたい。この2ヶ月のあいだに読んだものについてはそのうち書く。きっと書く。


■ 穂村弘が、スターバックスのサイトで短歌の講評コーナーをやっていた。
 
 「スターバックス三十一文字解析」
 http://www.starbucks.co.jp/novel/index.html

 週2回更新だと、すごいペースで増えるのであるなあ。
《友「年下、いいかな」
ほ「清潔で、フレンドリーで、知的で、シャイで、優しくて」
友「……」 (思い浮かべている)
ほ「……」 (待っている)
友「いいね」
ほ「いいよね」
友「でも、どこにそんな子がいるの?」
ほ「スタバのカウンターの中」
友「……」 (思い浮かべている)
ほ「……」 (待っている)
友「いるね」
ほ「いる」

そう、いるのです。
あの感じのいい男の子たちは、どこからやってくるんでしょう。》
(第3回)


宮沢章夫の「富士日記2.1」でたまに名前を見かける方のサイトを見ていたら、このような記事があった。モンティ・パイソン。

 「The Monty Python Channel on YouTube」
 http://web-conte.com/blue/200811/22_1635.php
 
 ここに私は英国人の魂を見た、気がする(ちがうと思う)。


■ 内田百閒の『阿房列車』を読んでいる。古本で買った旺文社文庫の3冊(『阿房列車』+『第二阿房列車』+『第三阿房列車』)。
 ちくま文庫の集成で第1巻になっているやつ(表紙が素敵)は読んでいたんだけど、というか、あれが私のファースト百閒コンタクトなんだけど、あれにはほとんど1冊めの『阿房列車』からしか入っていないのだった。よく考えたら、古本で買わなくても、表紙に写真を使った新潮文庫版が売っている。
 筋金入りの頑固で偏屈な老人が、何の用事もないのに列車で旅をする。ただ列車に乗るためだけに乗る列車。列車は線路の上を走るのに、文章は融通無碍に脱線する。
[…] 昨夜の三君に見送られて秋田駅を立つた。十二時三十六分発の四一二列車である。今日の旅程は奥羽本線の横手までで、秋田から二時間足らずしか掛からない。
 横手なぞと云ふ所は、私は名前も知らなかつた。生まれてこの方、奥羽を通つた事もないし、今までに何の関係もなかつたが、不思議な縁で今晩は御厄介になる。横手に降りて何をするかと云ふに、奥羽本線から岐[わか]れて、横手と東北本線の黒沢尻との間をつなぐ横黒線に乗る為である。横黒線の沿線の紅葉は天下の絶景だと云ふ。紅葉を見に行く様では若い者になめられるに違ひない。しかしもう大体その見当だらう。天なり命なりと観念して、横手から横黒線を往復するつもりである。
 秋田を出てから、汽車は暗い空の下を走り続ける。車窓から見る行く手の空は一層暗い。向うから又時雨が来るらしい。》
「奥羽本線阿房列車 前章」

 そんなに“目的”の生まれるのが嫌なのか。でもときおり、真に理想的な小説はこのような姿をしているんじゃないかと思わされる、って、そんな感想ほどふさわしくないものはない。あの文章の面白さはなんだろう。いちど読んだはずの話を読んでいても、すがすがしいほど何もおぼえていない。まえに笑ったのと同じ部分で笑ったあとに、はじめて「ああ、ここにはおぼえがあった」と思うのだった。
 作為のかたまりみたいな小説と、無作為のきわみみたいな小説の両方がどちらも好きなんだけど、私にもうちょっと真剣味があれば、この好みはいっぽうに絞られるのかどうか、というのはときどき考える。考えるだけである。


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